櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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反応に対するほんの少しの違和感ー櫻坂1stアルバムジャケットアートワーク公開 2022年7月4日付

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今朝、櫻坂46の1stアルバム「As you know?」のジャケットアートワークが公開されたことはもちろん知っていて、それが上記である。OSRINさんの言葉にもあるように、確かに初めてかもしれない彼女たちの満面の笑顔のジャケ写、これはとても意味が深いものだと感じていた。それは欅坂時代を知れば知るほどその意味の深さを感じることができる。

 

 

欅坂時代のジャケ写は、曲調や曲の世界観も含めて、あれで私には文句はない。

とはいえ、やはり笑顔でのジャケットも当然形として残しておきたい気持ちはあっただろうと推察する。

そういう意味では、笑顔が弾けるというのもまた、櫻坂としての彼女たちの象徴であるようにも思えるのである。

 

それはそれでいい。

 

このジャケットアートワークが出てから、或いはこの運営のツイートの後から、批判が殺到した。主に運営に対してのものだった。

かいつまんで言うと、ジャケットに写っていないメンバーがいる、どういうことだ、ということ。

 

 

 

 

そもそも、私も欅坂時代の運営には散々な目に遭わされたので、さほど信用していないところがあるのは事実だ。

櫻坂になってから明らかに変わってはきた。感謝をしている部分ももちろんある。でもそれを覆い隠すくらい、欅坂時代の運営の所業は凄まじかったのだ。

それに、櫻坂になってからも疑問を呈したくなる事象もなくはない。

 

まして推しメンに絡めた話になると、やはりその気持ちが大きくはなる。それはもちろんわかる。自分もそのことでいろいろ運営に言いたいことは過去あった。

推しメンがジャケ写にいなかったら、何か言いたくなるのが当然だ。

そこにどういうコンセプトがあって、どうして写っていないのか、説明してほしいと思うのもわかる。「全員で楽曲を届ける」って言ってたのは運営だろうが!というツッコミも、わかりすぎるくらいわかる。

欅坂時代から、ずっとこの「戦い」がある。ビジネスとしては、選抜と非選抜に分けてそれぞれで売っておきたいという考えだと思われ、メンバーや私たちは、どうしても欅坂のときの全員選抜が記憶にこびりついているし、それ以外はどんな美辞麗句を並べられても響かない。

そんなことは百も承知の櫻坂運営のはずなので、「全員を写さない」という選択肢をとるとどんな反応が来るかも知っているはずなのだ。にもかかわらず、こういう動きになった。

 

 

 

それを前提とした上で。

 

 

運営のツイートに吊り下げるリプ欄。貼るのもなんかイヤなので遠慮しておくが、「推しメンは見たいけど、グループのことは嫌いになりそう」というリプがあって、正直胸が潰れそうになった。

こんな、必要の有無がわからない「失策」でファンを減らそうとしていることが、もうあまりにも辛い。

だって例えば私たちがどうにかできる、そんな話ではないからだ。

 

気持ちはわかる。確かにわかる。

でも思いの丈をぶつける前に、考えてほしいことがある。

 

それは、「あなたの推しメンが、そんなあなたのリプを目にする可能性」についてだ。

 

推しメンを写してくれない、それならファンをやめる、というあなたのリプをだ。

 

推しメンが見られない、あなたの怒りがあって。

だから自分と同じように推しメンが傷ついている、そう思い込んでいると推察する。

 

ただ…これは個人的な考え方だけど、そこまで自分という推しメンのために運営批判をするリプや引リツをして、仮に彼女たちがそれを目にしたら一体何を思うのだろうか。

喜ぶのだろうか。

 

なんとなく、そこまで自分のことを思ってくれてる、ということへの感謝は持つかもしれないけれど、正直なところ、彼女たちが喜ぶような気はしないのである。

ましてや、運営の批判殺到の手際で、何の罪科のないグループが嫌われてしまう、かもしれない。

こんな悲しいことがどこにある。

 

 

 

 

 

以前にも書いたことがあるのだけれど、応援する側は、グループにつくか、メンバー個人につくかによって、スタンスや接し方が変わってくる。例えば、平手友梨奈を推す方々の中で、彼女が脱けたあとの欅坂、そして今の櫻坂を推している皆様というのは、どれくらいいるかわからない。その絶対数などわかるはずもないのだが、個人的には意外と少なそうな感じがしている。それは何故か。やはり平手友梨奈の圧倒的な個性に目と心を奪われている人たちなので、平手が脱けた後のグループにはさほど興味がないようにも思える。

 

 

推しメンがいるいない、それは確かに推している側からすれば当然最重要の話ではある。

けれど、批判覚悟で言うならば、全員が輝く、というのは、全員がジャケ写にいる、ということと同義だとは少し思えない部分もある。

なぜなら、アルバムは写真集じゃないからだ。

 

クリエイトする側は、言葉が正しいかわからないけれど、総合芸術として櫻坂46を見てくださっている、と思う。

応援する人にとっての推しメンが大切なのはもちろん間違いないし、よくわかる。写っていないだけで大切にされていない、疎外感を感じてしまうのもわからなくはない。

 

 

そんなこと私がわからないはずがない。

その上で、やはり違和感を感じざるをえないと、はっきり言っておきたい。

 

 

もちろんそれは、私自身が、櫻坂46というグループの箱推しであるからだと思う。

 

櫻坂46で、一つの生命体だと思っている。

 

その生命体の様子の一部が切り取られたのが、あのジャケ写なのだと解釈している。

 

だから、推しメンが写っていないから云々という意見に、違和感を感じてしまうのだ。

 

私だって、今でも全員選抜推進派だ。全員揃って櫻坂46。決まっているじゃないかそんなこと。

でもだからと言って、ジャケ写に写っていないわーわーと言って運営に恨み節をぶつけるのは、やはり何か違うような気がしてならないのだ。

 

 

アルバムの内容を知って、それでもまだ、あなたの推しメンが疎外感を感じるような出来ならば…

そのときでも遅くはないのではないだろうか。

 

 

 

 

運営は確かに変わった。でも危なっかしい。信頼に値するかと言われれば、まだ疑問符はつく。

その一方で、特に櫻坂になってからの総合芸術度は称賛すべきものになっている。だからクリエイターチームの皆様には全幅の信頼を置いている。サウンドクリエイトの部分も同じ。

 

だから敢えて。

私は今回の、ジャケ写に一部メンバーが写っていない、そのことへの運営への批判は控える。

 

 

アルバムは中身。

 

 

そこを、じっくり見たいと思っている。

 

 

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