櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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五月雨よ渡邉理佐ポジはやはり…ーテレ東音楽祭、櫻坂46「五月雨よ」披露 2022年6月22日付(追記あり)

 

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なんとなくではあるけれど、4月6日に発売されたこの曲、2ヶ月も経ってしまうともうその期間が終わってしまうような感覚に苛まれてて、アイドルの楽曲ってこんなに寿命が短いものだったかと改めて愕然とさせられるものもある。それが現実かもしれないが、少なくとも「五月雨よ」は、お願いだからそんな消耗品のような扱いをしてほしくない、至極の一曲なのだ。

アイドルの曲だろうとなんだろうと、本当にいいものは流行り廃り関係なくずっと息づく。彼女たちが究極の目標に据える「楽曲を届ける」ということは、そうなって初めて達成されるものではないかと思う。「楽曲を届け」た結果、その楽曲がその人の心で棲みついて初めて。でも、そのためには、彼女たちの努力だけでなく、披露する場所をもっと与えてあげるなど、環境整備は欠かせない。

そう考えると、意外と「五月雨よ」の披露そのものが歌番組で少なかったような気もしなくもない。

ただ、ここからは、今日の「テレ東音楽祭」を皮切りに「THE MUSIC DAY」「音楽の日」「FNS歌謡祭夏」など大型特番の歌番組が続く。もし櫻坂を出演させていただけるのならば、ぜひ「五月雨よ」を一人でも多くの人の心に届ける一助にして差し上げてほしいと願う。

 

久しぶりの披露、というのが如実にわかるのは、今回が渡邉理佐卒業後初の披露、ということである。理佐の卒コンからちょうど1ヶ月。全く歌番組に出演していない、ということでもある。

言い方を換えると、空いた理佐ポジをどうするか、という答えがいよいよ出る、という瞬間でもあったのだ。

 

私自身、これは発売前からスケジュールとしてわかっていたこととして、まず4thは菅井友香がミュージカル出演の関係で表題に参加していない。そして、理佐は5/22で卒業する。となると、自ずとそこから見えてくるのは、理佐のポジションにゆっかーが入ることになるかもしれない、という、単純な足し算引き算である。

確かにそれは見えてはいたのだけれど、本当にそれでいいのか、という想いも一方であった。

例えば、理佐推しの人はそこにゆっかーが入ることをどう思うのだろうか、とか。

決して仲がいいとかどうとか、そんな話をしているのではない。

オリジナルのポジションを埋められてしまった、という虚無感が全くないと言えるのだろうか。

理佐のことを思うのであれば、ポジションを空けるという選択肢もなくはない。ただそれは、なんらかの理由でお休みしているメンバーのポジションしか行われた試しがない。卒業生のポジション、というのはなかなかどう扱うか難しい。

 

結構ばりーず界隈でも、理佐ポジに入るならゆっかー、という空気はあったような気がする。いや、ばりーずだけでなく、櫻坂界隈全体にその空気があったかもしれない。でも私は少し違うことを考えていた。

ゆっかー以外のメンバーが、理佐ポジに入る可能性。

おそらくそうなると、かなりの衝撃はあっただろうし、ほぼ間違いなく、ゆっかー卒業かという声が大きくなっていたことだろう。そしてそうなったら、私も否定する要素を見つけられなくなるところだった。

何故なら、ゆっかーが理佐ポジに入る、ということは、今後「五月雨よ」を歌うときもその場所にはゆっかーがいることになるわけで、これでしばらく菅井友香は卒業しない、ということへの言質を取るに至った気分である。逆に考えれば、卒業の決まっているメンバーをそんな重要なポジションに立たせるわけがないだろう、というのが私の考えである。

 

もちろん、あの事務所のことだから、何をしでかすかわからない。こちらの常識とか、思い込みを簡単に覆してくるところが昔からあるので、なんとも言えないが、あくまで一般的に、常識的に、という意味である。

 

あとは、あの場所に渡邉理佐を置いて表現したかったことと、菅井友香で表現できることのそれがどこまで一致するのか。それとも一致させずに、新たな「五月雨よ」として聞く人の心に届けるのか。

もちろん誰が入っても、櫻坂の世界はしっかり表せるのが櫻坂の一体感ではある。ただそこは人間である。人が違えば世界観が少し変わるのが当然。その度合いがどれくらいなのか、受け取る側の許容範囲かどうかが試されるのみである。

 

素人が偉そうすぎるかもしれないが、その部分を蔑ろにしてはいけないと、ずっと思っている。ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

「五月雨よ」が、後世まで愛される曲でありますように……

 

 

 

 

 

 

 

 


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(深夜メンテナンスだったための、翌朝追記)

実際本音としてずっとあったのは、なぜゆっかーのミュージカル期間が、4thだったんだろうということ。これは偶然で仕方ないんだけど、この曲なんか、まさに櫻坂における菅井友香を象徴するような曲調だと個人的には思っているし、どのメンバーにも当然いてほしいけど、その中でも彼女には特にいてもらいたかった曲。欅坂時代から数えても、最も彼女がそこにいて初めて成立するような曲だと最初に聴いたときから思ってはいた。

けれど、彼女がミュージカルに専念するために表題を辞退する、と知って、おそらくそれもあるだろうと思っていたし、彼女の想いを尊重するためにそのことは口にしなかった。どれだけ「五月雨よ」に菅井友香がいる、その場面を観たかったことか。

 

おそらくテレ東音楽祭の「五月雨よ」を観て、いろんな想いをお持ちになった方は多いはず。理佐推しの方はもちろんだし、どちらも推しメンではないという人でも、何か感じるものはあったかもしれない。いろんな意味で涙を流した人もいたかもしれない。そんな中で私は、ゆっかーのいる、推しメンのいる「五月雨よ」を観て、そういう種類の涙を流していた、ということだ。

 

これから、LIVEでもこういう形で「五月雨よ」を披露していくんだ、という意思表示ととった。

ただ気になったのは、ゆっかーが理佐の衣装を着ていた、ということ。

それはそれでエモいことには違いないんだけど、一方で、これからずっとゆっかーに理佐のポジションを務めてもらうなら、ゆっかーだけの衣装を用意してほしいなぁという気持ちもある。