櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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一瞬の光が重なって折々の色が四季を作る 2022年5月16日付

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5月15日深夜放送の「そこ曲がったら、櫻坂?」は渡邉理佐の卒業記念回前編ということで、理佐の思い出の場所の一つとして登場したのが、二人セゾンMV撮影で訪れた、撮影当時の名称がNTT幕張ビル、現在のエム・ベイポイント幕張であった。

 

理佐は実は、ずっと自身の最も好きな曲として、二人セゾンを挙げている。

握手会だかミーグリだかのレポで、一番す…と言っただけで「二人セゾン!」と答えたという話を読んだことがあるくらい。

もちろん、理佐に限らず、二人セゾンを最も好きな曲と推す声がメンバーに多いのもよく知っている。

 

それは私も同じで、欅坂46の数多ある曲の中で、ベストワンを挙げるとするとやはりこの曲が来る。

この曲は、奇跡のような曲なのだ。

 

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この曲に惹かれる理由。

サイレントマジョリティーと双璧で、欅坂46の原型というか、ある意味の具現化された形というか。

不協和音もいい。ガラスを割れもいい。

世間から欅坂をイメージすると、それらの曲が出てくるのかもしれない。

でも、私たちからすると、本当は欅坂46というと、二人セゾンの世界観が出てきてほしいのだ。

 

MVの作り方もそうだったが、あんなに全員が輝いて見えたのはそれだけでもない。実際にあの頃の彼女たちが本当に輝いていた。もちろん曲もそうだった。その二つの光が重なった。

21人の光が重なった。

 

ただ、輝くというのももちろん強い要素であり、アイドルの楽曲を表すのに必要不可欠なものではあると思うのだけれど、この曲はそれだけではない何かがある。

 

MVを撮影した新宮良平監督が、彼女たちに語ったとされる言葉については、やはり今回も話題にされていた。

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この曲、心を捉えて離さない理由の一つが、輝きとコントラストにあるような「儚さ」にあるのだ。輝きは他よりも眩しいものの、手を添えるだけで、脆く崩れ去ってしまいそうな、そんな儚さ。刹那。一瞬の尊さ。

新宮監督は、見えていたのかもしれない。

このグループが本当に順風満帆でここまで来て、でもどこかしらに漂う危なっかしさ、危うさを。まるで刃の上をみんなで歩いているような、この先に何が待ち構えているかわからない不透明さを。

当の本人たちには、それがよくわかっていなかった。

でもこのあと、メンバーはその言葉の意味を身をもって知ることになる。

 

齋藤冬優花が「永遠なんてないんだ」とSRで言ってたのは、おそらくこのことが起因しているのではないかと思っている。

 

でも逆に、ただ煌びやかに人々の記憶で輝いているだけではない、その裏側にある儚さにフォーカスが当たることによって、この曲が永遠になったと捉えることもできる。

光は、影のあるところにしか生まれない。

だからこそ、その一瞬の煌めきを人は愛する。次に同じ輝きが来るとは限らないことを知っているから、だからこそその一瞬を大切にする。

 

欅坂46は、グループとしては結果として短命だった。先輩の乃木坂46が10thを迎えたことを考えても、その歴史の短さは顕著だ。

でも、それもまさに、二人セゾンの世界観をグループそのものが体現してくれた、とも取れる。

 

一瞬の光が重なって 折々の色が四季を作る

そのどれが欠けたって 永遠は生まれない

 

21人のメンバーの誰が欠けたって、永遠は生まれなかったんだ。

一人、また一人。

グループを去って行くメンバーが出てきている以上、欅坂46が続いていくことにそもそもの意味を見出せなくなってしまったのかもしれない。いろんな理由があったにせよ、もしかしたら根本的な理由はそこにあるのかもしれない。

 

グループを存続させる、意味。

 

欅坂は、人のマイナスな感情に寄り添ったグループだった。誰にでも人に言えない悲しみや苦しみを抱えながら生きていく時間はある。そこに寄り添い、隣にいて背中をさする。そんなグループだった。人のマイナスな感情に寄り添う分、そのマイナス面を吸い取ってしまうきらいがあった。メンバーもおそらくギリギリだったに違いない。いろんな人のマイナスな感情を吸収してしまって、まともでいられるはずもないのだから。

 

欅坂としての永遠は、生まれなかった。でも…

この曲が「その後」を預言していたのではないかと思われるのは、平手友梨奈のソロダンスシーン。

 

花のない桜を見上げて 満開の日を想ったことがあったか

想像しなきゃ 夢は見られない

心の窓

 

春夏秋冬 生まれ変われると

別れ際君に教えられた

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花のない、桜。

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春夏秋冬、生まれ変われる。

 

欅坂が刹那の向こう側になったとしても、それを受け継ぐ者は必ず現れる。生まれ変われるんだと。

 

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儚さが裏テーマでありながら、その実やはり永遠を見据えてもいる、この曲。

 

メンバー、スタッフ、そしてファン。

見ていたものはもしかしたら違ったかもしれないけれど、そのどれもがまさに永遠を生み出すファクターであったこと。

それがこの曲の特別感を演出していると、年々強く感じている。そんな曲もまた、実に珍しい。

 

多幸感。

多幸感のバックに横たわる、寂寞感。

感じたい永遠という理想の裏にある、残酷なまでに突きつける、一瞬で過ぎ去る現実。

 

それを悲しいと思うなかれ。

だからこそ、人は一瞬を大切にしなければならないんだと。

永遠がないんだとしたら、だからこそ大切な人には寄り添わなければならないんだと。

 

この曲が今も新鮮さを失わずに輝いて見えるのは、そういう意味も多分にあるはずなのだ。

 

 

 

 

花のない桜には、見事な白が咲き誇る。

生まれ変わった坂道はもちろん茨である。でも登り甲斐のある坂道。そして、欅坂という坂で地力をつけた人たちにとっては、何がなんでも克服したい坂道。

 

二人セゾン。

それは、欅坂46から櫻坂46への、心を具現化した手紙なのではないだろうか。