櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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二人セゾンは永遠に心で生き続けるー次回そこさく渡邉理佐卒業お祝いロケであの場所へ 2022年5月9日付

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5月8日深夜放送の「そこ曲がったら、櫻坂?」は、「〝好き〟の熱量プレゼンショー」で、推しメン大薗玲含めて様々に見どころがあった回ではあった。

だが、やはり心が激しく揺れ動いたのは、冒頭の次回予告。

 

渡邉理佐卒業お祝いロケという名目で、理佐メモリアルとはまた別にいろんなところに行ったようだけど、もうこの階段と壁見ただけで条件反射に涙が出てくる体になっている。

 

 

 

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「二人セゾン」は、欅坂46の3rdシングル。2016年11月30日発売。

 

もう、5年半になるのか…にもかかわらず、ここまで心を掴んで離さない曲も珍しいなと感慨に浸る。

欅坂を推してきた人たちの中で、この曲が好きではないという人にまずお目にかかったことがない。

欅坂といえばサイマジョしかり、不協和音しかりで、どうしてもメッセージ性の強いメロディラインや歌詞が注目されることが多く、当然のように今でもその認識の人たちが多いはず。

ということは、ちょうどのその2曲の間に挟まる形の「世界には愛しかない」とこの「二人セゾン」は、世間的なインパクトという意味では埋もれているのかもしれない。

もちろんサイマジョ不協和音がダメだという意味ではないけれど、セカアイセゾンも実は相当高い評価を受けていることは特筆しておきたい。

 

 

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私も欅坂の曲で5曲選べ、と言われたら真っ先に出てくるのはセゾンである。

セゾンを語る向きは過去たくさんあったし、5年半も経てばそれは当然とも言えるのだけれど、今でも神曲として位置付けられるこの曲が、心に棲みつく原因は何なのか。

 

推しメン佐藤詩織さんの初フロント曲、平手友梨奈のソロダンスパートなど、エモーショナルな部分はたくさんあるんだけど、2022年5月現在、セゾンを語るとするなら外せないのは、先日のSHOWROOMでふーちゃんの言っていた

 

「永遠なんてないんだね」

 

というセリフ。

 

MVを撮影した新宮良平監督が、撮影中メンバーに言ったとされる言葉がある。

 

ずっとメンバーと何年間も、何十年間もいるわけじゃなくて、今しかないから、そのメンバーといる時間を大切にしてほしい

 

もしかすると、ふーちゃんはこの言葉を思い出してのSRでのセリフだったのかもしれない。

 

欅坂46は一期生21人でしばらく活動していた。1期生、という言葉すら存在しなかった。その最中は、あまりにもみんながそこにいるのが当然のように感じられてしまい、いつか終わりを迎えるなどとどれだけのメンバーが考えていただろう。でもその瞬間は呆気なくやってきて、次から次へとメンバーが卒業・脱退していく。

そこに二期生が加わり、さらには新二期生も加わり。

挙句、グループ名そのものまでが変わってしまう。

 

これは批判覚悟で感じたことを吐露するわけだけど。

もしかすると、この「永遠」という言葉にずっと囚われていることこそが、心が苦しくなる原因でもあり、また尊さが増して見える原因なのではないだろうか。

それがいいとか悪いとかいう話ではない。

誰が、とも言わない。

メンバーのことかもしれないし、私のことかもしれないし、この文章をご覧のあなたのことかもしれない。

 

万物はやはり流転する。

理屈ではわかっているけれど、心が納得しない。

欅坂46は、あのメンバーで始まり、あのメンバーで完結する。

そのことが現実的ではないとわかっていても、どこかでそこにこだわってしまう「自分」がいる。

 

「二人セゾン」という曲を聴くと、その想いが爆発してしまうのかもしれない。

その感情の行き所はもはや存在しない。

 

ならば、涙となって溢れるより仕方がない。

 

誤解なきように申し上げておくけれど、もちろん二期生新二期生にほ心の底から感謝している。応援もしている。彼女たちが入ってきてくれたことで助けられた場面は枚挙にいとまがない。

ただそのことと、この話は全く別物なのだ。

自身も欅坂ファンだった二期生メンバーには、このことの意味をわかってもらえるのではないかと思う。

 

 

 

永遠。

 

 

 

あるのか、ないのか。

もちろん私はあると信じているし、そう信じる方が前を向ける。

 

でもそれはやはり心根の問題だという気がする。

 

敢えて言うなら、この曲をそれぞれが思う気持ちというのは、その人がこの世に生を受けている限り、永遠に続くものではないのかな。

 

渡邉理佐卒業記念の回でこの場所に行く、ということは、彼女の発案なのかスタッフの発案なのかわからないけれど、いずれにしてもあの曲の持つ力に魅せられた人が少なくとも作り手の側にいた、というのは間違いない。

理佐の卒業に合わせる形でこの場所に行くのなら、理佐の卒業とともに、この美しき思い出を本当に懐かしく感じられる感情の昇華を目指さなければならない、その節目になるような気もする。

囚われる、という言葉はあまり良い響きではないかもしれないけれど、グループから巣立って前へ進もうとするメンバーがいるのに、いつまでも過去に縛り付けることが正しいとも思えない。

もちろん忘れろ、という意味ではない。

だから、感情を昇華させる、と書いたのだ。

 

ずっとこの場所に心が留まっている人全てが、何かから解き放たれる回になればいいのに。

理佐のためにも。

葵のためにも。

過去巣立っていった卒業生たちのためにも。

 

そしてもちろん、現在進行形で坂を上り続けているメンバーのためにも。

 

 

 

 

 

2018年11月。私は初めてこの場所を訪れた。

 

一人で行きたかった。

 

何故か。

 

 

泣いてしまうからだ。

もう行く前からわかっている。

 

 

このとき、佐藤詩織さんの誕生日直近の握手会。幕張メッセは握手会を開催していた当時定番のスポットであったが、ここに参加するという目的以外にもう一つ、セゾンな場所にゆっくり浸りたかったという目的があった。

 

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印象的だった。

 

この日は本当に人けがない。

だからこそ、ゆっくりと彼女たちを思いながら時を過ごした。

 

 

 

 

 

ここは必ず、もう一度行く。

 

一期生が全員卒業したタイミングで。

 

 

果たして、どんな感情になるか。

 

 

 

それを試しに。

 

 

 

 

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