櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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乃木坂10thバスラに見る、グループにおける「節目」の意味 2022年5月14日付

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乃木坂46、10周年。

 

かつては私も乃木坂の握手会に参加したことがあった。

メンバーで言うと、卒業生の中田花奈新内眞衣寺田蘭世、現メンバーでいえば秋元真夏与田祐希山下美月といった面子と握手したことはある。元を辿れば、坂道シリーズの握手会デビューは、川村真洋である。

とはいえ、それも4期生が入ってくる前の話。4期生以降は正直、顔と名前が一致しない人もいる。

 

そうは言っても、それは私の個人的な話なので、客観的に乃木坂46が10年続いたということは賞賛に値する。もっといえば、私にとって、坂を切り開いてくれた先駆者としてのリスペクトは、この先何年経っても同じである。

 

どこかの時期から、欅坂、日向坂、欅坂が転じた櫻坂へと完全にシフトしてしまった私ではあるが、その理由は単純なもので、3つのグループを同時に推すほどの力は私にはなかっただけである。乃木坂が悪いわけではない。私の力不足なのである。

 

完全に欅坂日向坂方面に軸足を移した私から見た乃木坂は、もはや羨ましいことしかないグループである。たとえ礎を築いた一期生が大量に卒業しても、地味に映るかもしれないけれど着実に地力をつけていた二期生が卒業しても、新しいメンバーが加入したとしても、乃木坂46というグループの懐の深さを常に感じることができる。いろんなことが言われようと、その色は全くもって失われていないと感じる。

もちろん、ずっとグループを推してきた人には、いろんな意見があるだろう。あって当然だ。

それは、私たちが欅坂櫻坂日向坂に対していろんなことが言いたくなるそれと、ほぼ同種のはずだ。

好きだからなんだ。

愛してやまないグループには、どうしても理想像が描かれる。その理想像から少しでも離れようとすると、一言言いたくなる。

知らぬ間に理想を作り上げる。

その理想との齟齬が発生すると、攻撃的になる。

常に自分を振り返り、自分と対話しながら、行き過ぎはないかチェックしなければならない。

 

まぁ、それはそれとして。

 

さすがに10周年ということもあって、例年のバスラでは考えられない規模。日産スタジアム

乃木坂の何が羨ましいと言って、このスタジアムライブがなんとも煌びやかに見えて仕方ないことだ。

櫻坂や日向坂には、乃木坂をリスペクトしているメンバーがたくさんいる。堂々とスタジアムライブをこなす乃木坂の姿に自分を重ね、あの場所に立ったら自分ならどうするか、という視点で見ていたとしても不思議ではない。

 

日向坂46は、春に念願だった約束の卵に立った。

あの場所をあれだけ満員にできる力があると名実ともに明らかになった。

とすれば、次は当然、全国スタジアムツアー、さらに進んで全国ドームツアーにまで夢を広げてほしい。

 

話は飛ぶけれど、日向坂のドキュメンタリー映画に描かれていたような不遇さは、実は私は感じていない。

もちろんひらがな初期の頃には、漢字欅に差をつけられた、というのはあったかもしれない。それでも、だ。

それを不遇と嘆くよりも、そこから今の状況にまで自分達の環境を変えていった彼女たちの力を称賛するべきではないのかと。

そこが原点であり、今の日向坂を語る上でも絶対に外せないトピックではないのかと。

だから彼女たちに10周年がやってきたとしたら、まずその部分に光を当ててあげたいなと感じている。

 

櫻坂46は欅坂時代に、同じくドームの舞台に立った。

改名ということは、別のグループになるということ。

欅坂時代にドームに立ったとて、それは一つの実績ではあるけれど、櫻坂の実績ではない。

だからこそ、もう一度目指さねばならない。

そもそも櫻坂のライブは、何故か箱が小さ過ぎる。運営が過小評価しているのか何なのか、もっと大きな箱でも確実に埋まる力はあるはずだ。小さすぎてチケットが当たらない問題が出てくるくらいなのだから。

 

話を戻す。

 

乃木坂10thバスラでは、卒業生のサプライズ出演があったとか。

10年間ずっと推してきた人たちにとっては、もうたまらない瞬間だったに違いない。

それを聞いて…

 

櫻坂や日向坂が10thを迎えたとき、卒業生がその場所を踏める懐はあるのだろうか。

日向坂は既に二人卒業生を出していて、今回渡邉美穂が卒業する。10thの頃には他にも卒業生がいるだろうが、できる限りその場に揃っていてほしいと願うのは私たち共通の心である。

 

櫻坂46。

欅坂46として結成されてから10年を数えるなら、2025年ということになる。

 

ここからは極めて個人的な意見なので、異論反論オブジェクションはあって当然だけど。

 

今回、渡邉理佐卒業コンサートでどういったセトリになるかは注目されるわけだが、一縷の望みとして、欅坂曲の解禁はあるかもしれないと思っている。守屋茜渡辺梨加卒業時の青マリのように。

櫻坂が発足してから欅坂楽曲が解禁された例は、上記ユニット曲と、昨年のケヤフェスにおける「W-KEYAKIZAKAの詩」のみ。純粋な欅坂の曲はまだ解禁されていないと言っていい。

理佐の卒業が本当にこれでもかというくらいクローズアップされ、私たちが思う以上に様々なことが企画され、進められている。

そんな中での卒コンだけに、逆に今回解禁されなければ、もうあとはキャプテンの卒業時くらいしかそのタイミングを考えられない。

 

だとしたら、いっそのこと欅坂46の10thまで引っ張る可能性もあるかもしれないし、そこで解禁となった方が涙は止まらない気がする。

何より、その頃ならばさすがに、欅坂46と櫻坂46を本当の意味で分けて観ることができるようになっているかもしれない。そうなっていればこそ、そのタイミングで欅坂の曲のイントロが流れてくれば、身体中の血が反応しそうなのだ。

 

もし仮にそうだとして。

そのとき解禁される曲が「サイレントマジョリティー」だったとして。

 

そこに立っているのは、いったい誰だろう。

 

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メンバーや元メンバーに決まっているのだけれど、誰が立っているか予測がつきにくい。

彼女たちは、そんなグループであり、だからこそ惹かれる。

 

 

 

 

偉大なる先輩グループである乃木坂46は、横浜で「節目」を迎えた。

その瞬間、後輩である櫻坂日向坂は幕張にいた。

それぞれがそれぞれの仕事をこなす。それだけ各方面に必要とされている。その状況をまず喜びたい。

たとえどこにいようが。

何をしていようが。

後輩グループが乃木坂をリスペクトする気持ちは、絶対に変わらない。

リスペクトしながら、自分たちの上るべき坂をしっかり見上げている。

 

それでいいんだ。

 

自分たちは、自分たちの歴史に忠実であるべきだ。

 

 

 

 

乃木坂46のメンバーならびに卒業生の皆さん、そしてスタッフを含めた全ての関係者の皆様。

10周年という節目を迎えられたこと、心よりお慶び申し上げます。

後輩グループ一人ひとりが、じっとあなたたちの煌びやかな姿を見つめています。

ずっとそんな彼女たちの目標でい続けてくれますように。

そして常に輝いているグループでありますように。

 

 

 

ますますのご発展を祈念しております。

 

 

 

 

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