櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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この日の富田鈴花が吸収すべきことたちーラヴィット!、上島竜兵さん逝去に触れず 2022年5月12日付

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坂道推しにとっては、感謝しかない朝の番組といえば「ラヴィット!」である。

朝の生番組といえば、どこも判で押したように時事ネタを扱う。これは私が幼少時代から全く変わらない。いわば昭和の構成である。古くは「モーニングショー」だったり、「ルックルックこんにちは」だったり、「おはよう!ナイスデイ」だったり、やってることはさほど変わらなかった。そして、それは令和の今になっても大きく変わってはいない。

 

同じような番組を放送したところで、視点を変えると言っても限界があるし、でも速報性というトピックの食いつきの良さから逃れられない。視聴率至上主義というのなら、他がやってないことに挑戦する方がいいと思うのは素人考えなのだろう。なんだろう、同調圧力でもあるのだろうか。

 

そういう意味で、「ラヴィット!」の一般層好感度が高いのは、時事ネタを一切取り扱わないという点に尽きる。ワイドショーネタに辟易している層を一挙に取り込んだと見ている。その点に、坂道メンバーが実にマッチしている。

 

 

 

 

 

 

5月11日。ダチョウ倶楽部上島竜兵さんが亡くなった、というニュースが世間を駆け巡った。

 

 

 

 

 

著名な方が亡くなることについて、例えば私なんかはメディア越しに見て、親近感を湧かせていただけであるにもかかわらず、その喪失感は堪らない。まして、ご家族ご親戚は言うに及ばず、仕事等でご一緒されていた芸人仲間の方及びそのすべての関係者の皆様にとってのそれは、想像を絶するものがある。

 

某朝の生番組は、上島さんの自宅前から中継までしていた。

あれは、昭和のワイドショーで、芸能人の何かがあれば自宅前、事件があれば事件現場、そこから中継していたまさに名残である。当時は誰もそのことに疑問を抱かなかった。でもこれだけコンプライアンス云々が騒がれ、さらにSNS時代になって誰もが発信者となれる昨今、何のために自宅前から中継するんだという声が相当数上がった。考えてみれば当然の話である。

 

一方で、「ラヴィット!」である。

MCの麒麟川島明氏は「報道フロアからのニュースが来て、その後にスタジオでひと言もやりません」と言ったという。つまり、番組では時事ネタに一切触れない、ということを条件にMCを引き受けたということになる。

となると、こういう話題のときの苦しさというのは想像するに余りある。

 

報道特別番組に差し代わるくらいの出来事は別として、それ以外は何が起きても一切触れない、という姿勢。それは本当に称賛に値するし、今回の対応でその覚悟は本物だと知った。

生放送前にその「事実」を知らなかったとは思えないし、川島氏を始めとするあの場にいた芸人の皆さんは、少なからず上島さんと共演したり、お世話になった人もいたかもしれない。

 

知っていたのなら、何も思わなかったはずはない。

 

それでも「ラヴィット!」という番組のコンセプトを大切にした。最後までその姿勢で、番組を終えた。2時間という長丁場を。

川島氏を始め、出演者の皆様、そしてスタッフの皆様に最大級の賛辞を送りたい。部外者が上から目線で申し訳ないけれど。

 

 

 

そして、偶然とはいえ、その場にいたのが、推しメン・富田鈴花である。

 

人は生きていく中で成長し、成長を目指しながら日々を進む。それは意識するとしないにかかわらず、である。

人間が最も成長できる瞬間は何か。外部から受けるたくさんの刺激の中にその要因を見ることはあるけれど、個人的に思うのは「本物」に触れた瞬間、である。もちろん受け止める側の心根がそれを「本物」と認識できなければならないのであるが、自分にまだ備わっていない「本物」は、必ず自分の糧となる。

 

既に多くの芸人さんと共演し、多くのバラエティをこなしている彼女ではある。元が真面目な性格であるが故に、悩むことも多いはず。でも、この偶然の中で、人を楽しませるために日々を生きている人たちの、プロの仕事がどういうものかをその場で感じることができたのだ。

番組は、たとえどんな時事ネタであっても扱わない。

たとえそれが、普段お世話になっている方の訃報であっても。

たとえ悲しい話がすぐそばにあったとしても、芸人としての本分を果たす。

自分が悲しくても、誰かのために、誰かを楽しませるためにそこにいる。

 

 

これぞ「プロの仕事」である。

 

 

彼女のことだから、必ず何かを感じたはずだ。

そしてそれを糧にできる力も持っている。

私たちにそれを言う必要はない。

そのことに触れる必要すらない。

でも本当の意味でのプロとはどういうものなのか。

 

 

 

ある意味の成長を促すには、これ以上ない場所であったということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、上島竜兵さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。