櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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衝動に素直に、後悔のないようにー櫻坂46「1stTOUR2021」完走 2021年11月3日付

 

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W-KEYAKI FES.で本当に久しぶりの現場に舞い戻り、櫻坂日向坂をまた実際に目の当たりにしたときに感じたこと。

私自身人生も折り返しを過ぎた年齢かもしれません。今まではあまり感じなかったのですが、いつ何が起きるか正直わかりません。

「しなかった後悔」というのは、振り返るとそれはもう掃いて捨てるほどあったわけです。そしてそれをそのままにしてこの後の人生を進みたくはない。同じ轍を踏みたくはない。

(あのときに何故申し込まなかったのか)

(あのときに何故行こうとしなかったのか)

(あのときに何故仕事を選んでしまったのか)

もちろんそのときはそうせざるを得ない事情があったからですが、そのことに対する後悔は年々大きくなるばかりです。

 

欅坂46初期は、もちろんけやかけは観ていましたが、それ以上にもそれ以下にもならず、そもそもアイドルというものすらよく知らなかったので現場に向かうという選択肢は私の中にありませんでした。

 

このブログでも何度か書きましたが、初めて行った現場は2017年11月の乃木坂個握。そしてその翌日の欅坂個握。

自分が引っ越す前には近所だったパルスプラザ。わざわざ大阪に引っ越した後にその現場に参戦するという効率の悪さ😅

ただそれが完全に引き金になり、実際に会う、ということの尊さを知ってしまってからは、それこそ面白いように沼に堕ちていく自分が…。

 

でも、自虐のように言ってますが、それでもそのことそのものを後悔したことなど一度もありません。

 

自分が好きだと思う存在があって、

一方的かもしれないけど力になりたいと思える存在であって

その存在と自分の人生をクロスさせたときに、優先すべきことが見えてきて

 

もちろん現実的にできることとできないことはあります。気持ちだけでは事が運ばないことも多々あります。

ただ逆に言えば、だからこそ、壁のせいにして、ただ諦めてしまっていただけだと言えないか、とも思えるのです。

 

「関わらない」ことでの後悔はしたくない

その一点でした。

 

では何故そこまで欅坂46、そこから派生した櫻坂46と日向坂46が自分の心に棲みついたのだろう、そう考えたこともあります。

Twitterのタイムラインには、時に全く存じ上げないアイドルグループのニュースが流れてくることがあります。例えばその中の誰かの卒業、脱退、あるいはグループ解散、というニュースであることもあります。

日本に今、どれだけアイドルグループが存在しているか、私にもわかりません。

ただそこには、そのグループでの成功を夢見て奮闘しているメンバー、そんなメンバーたちを支える運営の方々、もちろんファンもたくさんおられるわけです。話題になる、ならないの違いだけで、ほぼ同じような感情がそこにあるように思います。

これだけたくさんのアイドルがいるわけですから、中には意識の低いアイドルもいるかもしれません。それはわかりませんが、可能性的にはあり得ます。

でも多くのアイドルは、おそらく真面目に成功を夢見て、そのための努力を惜しまずに日々を過ごしていると思うのです。

 

たまたま坂道グループは、バックボーンがあるから有名になっている。そこが大きいのは否定しませんが、本質はすべてのグループで変わらない、そう思います。

そもそもアイドルがあまり刺さらなかった私が、欅坂櫻坂日向坂が刺さったのは何故か。

自分の無意識で欲していたものと、タイミングと、何より彼女たちの魅力が素直に受け入れられた、それだけたくさんのアイドルグループがある中で、漢字欅でなければ、ひらがなけやきでなければ、或いは櫻坂や日向坂でなければならなかった。一言で言えば「運命だった」ということでないと説明がつきません。

 

今回、過去イチの回数で会場の空気を吸おうと思ったのは、そんな「運命」の存在を直に感じたかったというのが、大きいのかもしれません。

 

 

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考えてみれば、まだ3rdが発売されたばかりで、櫻坂としては20曲ほどしか持っていない中での全ツだったわけです。セトリが大きく変化するはずはない。加えて、その3rdも、例えば「ジャマイカビール」は休養中の小林由依のいるユニットなので、披露するとしても代役を立てるか、残る二人で披露するしかない。これはかなり難しい判断が迫られます。

ただ、この全ツを通して感じていたこととして、自分でも意外だった次のようなことがありました。

 

欅坂46時代の曲の解禁はなくていい〟

 

例えば、自分が所謂「欅坂46の亡霊」だったとしたら、彼女たちを目にしては欅坂の曲の解禁を待っていたと思うんです。ところが、初回の小倉からそうでしたが、欅坂が見たいと思って行ったわけではありませんでした。

 

櫻坂46が見たい、と思った。

 

シンプルにそれしか頭にありませんでした。

 

もちろん、欅坂46が今でも大好きなのは変わりません。たぶん永遠に変わりません。

もっと言えば、もはや好きとかいう話を超越して、誤解を恐れず言うならば、自分の一部になっている。自分の血と肉になっている。

そういう意味で欅坂は、あの活動休止時点で時が止まっているわけで、形の変遷を見せることなく、そして色も褪せずという最高の形で「存在」しているともいえるかもしれません。

でも、何度も言いますが今回私が見たかったのは櫻坂46でした。

これが、あのとき推しメン菅井友香が言っていた「前向きなお別れ」の一つの形なのではないか、と思うこともあります。

 

オープニングムービーの、あのギターソロの鳴きに感動していきなり涙を流し

下から迫り上がる森田ひかるからのDead endでブチ上がり

ブルキスの青い月の荘厳さと、そこからの繊細な心を表現する曲の世界に心を奪われ。

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息つく暇がない。

もともと欅坂のときから、曲が披露されると息つく暇がないのが彼女たちの売りの一つですが、櫻坂になってもそこは変わらない。

 

後半になってもそれは同じで…いや、さらにギアを上げていく感じは高まって。

後半になればなるほどアドレナリンが爆発するのも、実は懐かしい感じがしつつ、それぞ持ち味と嬉しくもあり。

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一言で言うと本当に「強い」曲が多くて、どれも一発でその世界に惹き込んでしまう力を持っています。

そんな中でもやはり「流れ弾」の持つ世界は一味違う。

ムービーからの田村保乃のピストルパフォーマンス、そして飛び込んでいくあの流れの強烈さ。

終わってからの再びのピストルと、そのあとの痺れるギターソロとムービー。

そのときの彼女の表情、忘れません。

 

普段はみんなアイドルとしての表情。それでいいと思います。

そんなアイドルらしさを求めている人も、かなりの数いると思うので。

ただ櫻坂のパフォーマンスの難易度の高さはそこにもあって。

例えば「君と僕と洗濯物」や「なぜ恋」のような王道アイドルソングを求めている人が相当数いる一方で、欅坂からの流れを望む人の琴線に触れるのはやはり「BAN」や「流れ弾」のような曲であると。ということは、これが両方しっかり聴く人に届けられないと櫻坂としてはやっていけないのではないかなぁと思うわけです。

となると、それだけ表現力の幅が必要になる。

それも付け焼き刃のような演技力とかパフォ力ではなく、心の底から湧き上がる感情を生のままぶつけられる力が必要になる。

 

他のアイドルグループにそれがない、というわけではもちろんありません。

ただ他のアイドルグループよりはそれを求められる割合が、櫻坂は相当高いのは間違いないでしょう。

 

「流れ弾」のセンター田村保乃は、ある意味その象徴的な存在だと思っています。

彼女と同期の二期生はえてしてそうだと思うんですが、あの平手友梨奈が0番に立つ欅坂を知る最後の世代。一緒に戦った最後の世代です。目の前で彼女のパフォーマンス、そしてその熱量を知っている。このことが、今の彼女たちに与えている影響はどう考えても大きいはずなんです。

田村保乃にしろ藤吉夏鈴にしろそうなんですが、欅坂の色を残しつつオリジナリティーを見せようとしている。それが櫻坂の持ち味につながっているような気がします。むしろそれが私には正解に思えてしまう。

ほのが普段どういう雰囲気の子なのか、それは皆さんもご存知だと思いますが、それがあの「流れ弾」のときに、それこそ何かが憑依したかのようなパフォーマンスになる。それをやはりもしかしたら批判する人もいるかもしれませんが、私は敢えて言いたい。

 

櫻坂46のセンターは、あれで正しい。

 

欅坂の色を消さず、櫻坂の色に染める。あれで正しいのです。

 

例えば一度だけしかこのLIVEを観なかったとしたら、その境地に達したかどうかは正直疑問符が付きます。だからこそ、100%満足とまではいかなくても、少なくとも後悔しない参戦にできたと思えるのは、自分の中で櫻坂に対するある意味はっきりとした答えが出たからだと思っています。

 

ただ、それも理屈で語るのは本当は難しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なものがなぜ大切なのか

考えたって何になる

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感情は時に人間の作った論理など、いとも簡単に粉々に砕け散らせる力を持っています。

でも、これもそれでいいのだ、と思えて。

 

 

 

今のこの瞬間は、二度ない。

後悔しない人生も、たぶんないのだろうけど、その後悔を一つでも減らすことは努力でなんとかなるかもしれない。

 

 

彼女たちを観て

彼女たちを感じて

彼女たちの世界に身を置いて

彼女たちの表現に涙する

 

 

70億人からの人が同じ時間を生きるこの世において

一人くらいそんな人生を全うしようとする人間がいてもいいんじゃないか

 

内面から何かに突き動かされる衝動に素直になった結果

そんな結論が私には待っていました。

そしてこの結論の心地良さたるや。

 

 

 

12月10日。櫻坂46 1st ANNIVERSARY LIVE DAY2。

千秋楽SSAで開催が発表されたこの日が、守屋茜渡辺梨加両名のLAST LIVEとなることが明らかになりました。

正直、後悔のないように、という趣旨での今日のブログなので、ならば当然このLIVEに行くことがそれに当たるはずです。

あとは自分の人生と、彼女たちが生きる世界がどれくらいクロスするのか、そのクロスを神が許したもうのか。

 

 

 

たまには、自分の体を運命に委ねてみるのもいいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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追伸

遠征先で川島に会ってくださった全ての皆様に感謝申し上げます!本当にありがとうございました。

LIVEや握手会による遠征のもう一つの醍醐味は、普段お会いできないFFの皆様に、ああやって直接普段のお礼が述べられることでもあります。

おそらく坂道グループがなければ、一生お会いできなかったかもしれない、そんなご縁。

リアルな人間関係よりはどうしても普段の接触が少なくなりますが、その分長いお付き合いができればと思っております。

 

川島は許される限り、またどこかに向かっていきますので、そのときはぜひよろしくお願い申し上げます。