櫻坂日向坂の上り方

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「らしさ」を見つけられたか、それとも…ー平手友梨奈生誕祭 20th Anniversaryー

君は君らしく生きて行く自由があるんだ

大人たちに支配されるな

初めからそう あきらめてしまったら

僕らは何のために生まれたのか?

夢を見ることは時には孤独にもなるよ

誰もいない道を進むんだ

この世界は群れていても始まらない

Yesでいいのか? サイレントマジョリティ

平手友梨奈が「大人」と呼ばれる日がやって来る。

今まで何度となく彼女のことを書いてはきたものの、その都度感じていたのは、今このときを必死に生きる彼女にとって、過去がどうだった未来はどうだろうなどと語ることそのものが無意味かもしれない、ということ。

でも、その一方でずっと心に引っかかっていたのは

 

平手友梨奈に「大人」と呼ばれる日が来たら、一体どういう景色が見えるのだろうか〟

 

ということ。

 

大人には支配されるなと歌わせられながら、一般の10代では経験しないほど大人の世界で過ごしてきた平手友梨奈にとって、実際に大人となる日をどう迎えるか。今日のテーマはそれに尽きる。

 

ファンやオタクというのは、自分の感情で動いている。

そんな私たちには、彼女たちを見つめる視線が年数とともに変化していく、ということもあると知った。私自身、ここまで力を入れてアイドルを推す、ということを経験したことがなかったから、そういう感情の変遷があるということも知らなかった。

 

 

 

彼女が欅坂46に一期生として加入したのは、14歳のとき。

サイレントマジョリティーでデビューし、そのMVを観て、番組を観て平手友梨奈を知っているはずなのに衝撃を受けたという、未だかつてない経験をしたことが忘れられない。

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彼女の感情がどこにあったのか、

彼女の気持ちがどこに向かっていたのか、

もちろん状況から推し量ることはできても、正確なことはわからない。

 

「大人たちに支配されるな」

 

大人に媚びない、そんなアイドルのオーディションとは思えない空気を実際に感じた秋元康から、彼女たちに合う楽曲として渡されたのがサイマジョであり、この歌詞。

この歌詞を、彼女は真ん中でどう伝えようとしたのか。

そして、そのとおりに伝わったのか。

 

10代の平手友梨奈、正確には14歳の加入時から昨日までということになるけれど、その日々はあまりにも濃さが凝縮された日々だった。

表に出ているだけでもその波乱万丈さがわかるということは、裏ではさらに壮絶な時間があったと容易に想像させる、そのことは特筆すべきことである。

こんなことを言うと身も蓋もないけれど、その時の感情なんて彼女にしかわからない。

ただ言えることは、そんな彼女のそばには、必ず大人がいた。

それもほぼ間違いなく、彼女が信頼できる大人であるはず。

これも想像でしかないけれど、彼女は「大人」というものがどういうものであるべきか、知らず知らずのうちに彼らから学んでいた気がしてならない。

 

デビュー曲で「君は君らしく生きて行く自由がある」という歌詞を渡され、その曲が多くの人たちの心に刺さり、そして多くの人を救った。ただその一方で、その「らしさ」という言葉で足が止まってしまう人がいる現実もある。

 

「角を曲がる」で彼女が表現した主人公は、そんな「らしさ」に悩む人だった。

 

らしさって一体何?

あなたらしく生きればいいなんて

人生がわかったかのように

上から何を教えてくれるの?

 

「あなたらしく生きればいい」と言葉にする人は、おそらく十中八九悪気もなければ、投げやりで言っているわけでもない。

この「あなたらしく」に対義語があるとすれば、なんだろう。

全体を誰かの意思のもとに一つの方向へ向かわせること??誰かの敷いたレールをただ決められたとおりに進んでいくことが「らしさ」の対岸にあるのだろうか。

大人から考えれば、そちらの方が余程危険だ。

だが、だからといって、あなたらしくという言葉は難しい。突き放しているようにも聞こえないことはない。

個人主義。自分のやりたいことに従えばいい。確かにそれはいいことではあるんだが、場合によっては無責任にも取られてしまいかねない。少なくとも「自分らしさ」がわからない人に響くはずがない。

突き詰めると、大人が与えてくれるものには、矛盾が潜む。

その矛盾に気づいたとき、大人に反発を覚えるのは自然な流れだ。

 

俗に、平手友梨奈は大人が嫌いだと思われている節がある。

6年ともなればそんなに短くない期間、大人の世界で活動してきている彼女である。もちろんイヤな大人もいるだろう。そんな人も見てきたはずだ。

けれど、信頼できる大人も周りにたくさんいるはずで。

そんな彼女が、大人を無条件に嫌うなどということがあり得るんだろうかと考えてしまう。もし本当に「大人不信」だったら、それこそ芸能界に残ったりするのだろうかと。

こちらに向けて発信することでもなんでもなく、周囲を本当に大切にしてきた彼女だから、その感謝の想いはきっと伝えているんだろうと思っている。

 

今までは年齢的に「大人の世界の中にいる子ども」という立場だったかもしれない。

でも今日からは違う。

名実ともに、大人。

ずっと大人の世界にいた彼女にとって、そんな線引きは意味を成さないかもしれないけど、実はその差は大きいんだ。

 

これから大人が現在地になっていく彼女が見せるもの。

楽曲なり、演技なり、それ以外であったとしても、何かを雄弁に語るとするならそのパフォーマンスで、というスタンスは恐らく変わらないだろう。

 

だから受け止めるべき私たちにも覚悟がいる。

大人となった平手友梨奈から発される、その「伝えたいもの」「届けたいもの」を受け止める覚悟はあるか。

あなたにも、私にも。

 

 

 

 

平手友梨奈さん、誕生日おめでとう。

今年の誕生日は、今までと意味の持ち方が違う。あなたがどう感じるかわからないけど、見守ってきた側からは、やはり「20歳の誕生日」に特別感を持たさずにいられない。

今までの出来事、そしてその裏で起きていたであろう出来事ももちろん含めて、それらを見守ってきた一人として、そこに意味を見出すことを許してほしい。

未来ではなく、20代が現在となったこと。

そして、あれだけ熱を入れて取り組んできたであろう10代が、過去となったこと。

あなたがどう思おうと、或いは何も思わないでいようと、そこにあるのは「20代となった平手友梨奈」という一つの現実。

 

 

 

 

 

 

 

ようこそ、大人へ。

 

大人の平手友梨奈が見せるもの、期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

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