櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

毎日ブログ、2022年9月1日から再開します!

強い想いは爆発させておけー櫻坂46、BACKS LIVEを経て新章へ

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敢えて有給とってまで、観ることにしたLIVEというのも実は珍しくて。

だいたい諦めることが多かったんですが、なんとなく変に予感めいたものがあって、このLIVEを観ておかないと、ある意味ケヤフェス以上に何か後悔するような気がしていました。

それで言うなら、初日二日目と、現地どころか配信ですらその場の空気を共有できなかったことに少し後悔はありましたが…そこが現実との境界線というか、折り合いがつけられるギリギリのラインだったように思います。

 

セトリは初日・二日目共に、Twitterのタイムラインを総合して自作しておきました。もちろんたくさんあがっていたんですが、なんか自分の手で作っておきたくなって。

 


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久しぶりに、櫻坂のovertureを聴きましたが、自分でも驚いたのが、そのメロディラインで自然と込み上げてくるものがあったこと。

 

 

例えば「表現」の方法というのは、楽曲を届けるためのパフォーマンスしかり、そのときの表情しかり、歌声しかりと様々あると思います。ですが、櫻坂のovertureで込み上げるということは、その「表現」がなされる前であるにもかかわらず、そこに携わるすべての人の想いが、電波を通して自分に伝わってきたのではないかと考えています。

 

それはまさに「想いが乗る」ということではないかと。

 

欅坂46は、確かに爆発力があった。その爆発性が故に人の心をあれだけ惹きつけた。でも、その爆発はメンバー自身の心をも少なからず影響を与える連続だった、そう思っています。

そして改名して、櫻坂46になって。

櫻エイトというシステムが導入されて、そこにはいろんなメリットもある代わりに、代償のようなデメリットも多く存在して。

どう理由をつけようと、エイトとそれ以外を分断させてしまう、そしてエイトになれなかったメンバーの心に何かマイナスなものを背負わせてしまう、これは当然起きるべくして起きたことでした。

もちろん、その悔しさをバネに成長してもらって、と大人は考えるんだろうし、それ以外にも何か意図はあったかもしれません。

 

全員で輝けるグループにする。

 

そんな全体目標がどうしても矛盾に映ってしまう。

 

櫻坂を推している人たちの気持ちにずっと寄りかかる、気になって仕方ないもの。

 

欅坂から繋がる爆発力が今の櫻坂にあるというなら、そんな引っかかっているものごと破壊していかないと!

 

BACKS LIVEーその開催意義を、私はそんなところに見出していました。

 

三日目しか観ていませんが、彼女たちはものの見事に木っ端微塵にしてくれました。

 

悔しい、不甲斐ない、情けない、自分には何かが足りなかった、どうしたら追いつけるんだろう…etc.

 

誰かを責めるのではなく、刃は常に自分に向けているメンバーの想い。どうすればいいのか、本当のところはもしかしたらそんな答えが見つかっていないかもしれない。それでも、やるしかない。何かをやるしかない。

 

このovertureだけで、私はそこまでの彼女たちの想いを感じてしまいました。

 

あとは、もう何を見ても自分の現状を打破しようと必死にもがく姿に、そこから生まれる美しさに見惚れる時間となって過ぎていきました。

 

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表現力、というものはそうそう簡単に身につかないと私は思っています。

例えばアイドルであっても、振り付けをその教科書どおりに入れたとしても、それだけでは伝わるものが少ない。そこから今の自分が持っているもの、伝えたいものを「表現」するには、おそらくプラスアルファが必要なのでしょう。

今日のメンバーには、それを存分に感じました。

 

いつも思うんですが、表現をするためには、それを見てくれる人がいないと成立しません。見て評価してくれる人がいないと、何のための表現なのか、意味が見出せなくなります。

歌もそう、ダンスもそう、演劇もそう、お笑いもそうです。

コロナ禍は、表現者にとって受難でしかありません。

現代はテクノロジーが進んで、配信という形がとれはしますが、ダイレクトに反応を見ることができにくいという点では、やはり受難に変わりがない。

昨年から今年にかけて、そして今日まで。

こちら以上に、鬱屈した何かを持ちながらここまでやってきてくれた。

そして今、その鬱屈を爆発できる機会が与えられた。

 

この状況で、何かが弾け飛ぶような「表現」にならない方が不思議です。

 

凄まじかった。

 

凄まじいグループを推していたんだと、改めて思わされた。

 

欅の木は、私が考えていたよりも、ずっとずっと偉大だった。

 

…このあとは、富士山麓へ。

この想いを乗せたまま。

この三日間だけでは、まだ全てが出しきれたわけではないでしょう。

 

そしてその場所には、血を分けた双子が待ちます。

 

熱いマグマを抱えたまま、富士の麓へ行こう。

…正直、声も出さずに彼女たちを見ることができるかどうか、全く自信はありませんが😅

 

 

 

 

歴史。

 

そう、歴史が更新された瞬間。

 

本気の想いは、必ず乗る。

 

遠くの人にまで伝わるくらい。

 

 

 

この夏は、またさらに歴史が更新される瞬間を目の当たりにすることになるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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