運営は織田奈那をどうしようとしているのか
いつも以上にオダナナの名前が溢れていると思ったら、こういうことか。。
— 川 島 雅 隆 ◢͟│⁴⁶ (@hiroty0526) 2019年11月1日
ということは、時間はかかるということかな
運営が彼女を出させないのか、彼女が表舞台に出られる状態じゃないのか。。
というかこれは枝葉末節で、彼女の活動全体をどうするか決める方が先じゃないの運営さん#織田奈那 pic.twitter.com/t4vosYxIeC
織田奈那が表舞台から姿を消して、しばらく経っています。
きっかけは文春でしたが、写真があったとはいえ、あれが本当だったのかどうなのかは結局誰も口にしないのでわからないのが現状です。
もはや既成事実のように書かれている人も多いですが、公式には「何も発表されていない」ということを忘れないでおきたいところです。
それが、確かに井口眞緒のケースと違うところです。
私たちにとっての織田奈那は、夏で時間が止まっています。
感情で言えば、もちろん織田奈那には帰ってきてほしい。
メンバーにとっても精神的な支柱であったと想像できるし、彼女のいない状態での「今」を、メンバーも必死に戦っているんだと思います。
写真があったとはいえ、まだ本当のところはわかりません。写真なんてどうにでもできますし、そもそも文春という時点で何をやらかすかわからない、という感覚を私も持っています。それをよくもまぁここまで皆さん信じられるなぁと思いますが。
その一方で、仮に事実だったとしても、アイドルと恋愛という昔から言い古されてきたテーマに、私たちも向かい合わないといけないわけですよね。いえ、別に織田奈那や井口眞緒のことがあろうとなかろうと、そのスタンスは持っておかないといけない。
恋愛をしているアイドルはありなのかなしなのか。
それはおそらく、私たちの側が彼女たちに何を求めているかで変わってくると思うんです。
ありという考えも、なしという考えも、どちらも正解のような気がするし、どちらも間違いな気がする。
例えば、いわゆる「ガチ恋」と言われるファン層の方々にとってはもちろん×でしょう。
ただし、彼女たちを「一人の女性」というより「一人の人間」として見ている場合は、話が変わってきます。人間としての幸せをどこに置くかも人によって違いますが、そういう幸せがファンを裏切るのかというと、私にはそれさえどうなんだろうという気がしています。
…とはいえ、それは理性の成せる業で、ガチ恋という感情とは相容れません。
だからこそ、結局何を求めているかによって変わる、としか言いようがないんです。
今回のトーク休止は、枝葉末節、本末転倒の類だと私は思っています。
つまりそれだけ内部が混乱していて、彼女の処遇を運営が決めかねているのだろうと。
とはいえ、それにしたって時が経ちすぎている。
仮に彼女が表に出てこられる状態であるなら、それも含めて正式に発表しないと、今のままでは行方不明と全く同じ状態になってしまっています。
改めて言いますが、私は織田奈那に帰ってきてほしい。
繰り返しますが、私はあの写真すらまだ信用していません。ただ万一本当だとしても取るに足らない出来事だと思っています。
はっきり言いますが、たかだかそんなことで、唯一無二の織田奈那という存在が消されてしまう方が、よほど罪なことであると。
もちろん「アイドルをやってるときに恋愛はダメだ!」という意見もわからないわけではありません。
それでもやはり、そこと天秤にかけたとしても、織田奈那という存在を失うことに比べれば、私にとってそんな理論は吹けば飛ぶくらいの価値しかありません。
ただ、これはあくまで本人に戻りたいという意志がある場合に限ります。
本人の意志が復帰にない、となると前提が崩れてしまいます。
もしそうだとしたら…悲しさがはちきれそうではありますが、彼女本人の意志を尊重してあげるしかないし、それならそれで早く一歩を踏み出させてあげてほしい。
どちらになるにせよ、今のままの状態で時間だけが過ぎていくことにメリットを見出せません。
欅坂46運営様。
皆さんは、織田奈那さんをどうしようとされているんですか?
私なんかに言われるまでもないのは百も承知ですが、どうか彼女自身にとって最良の道が選択できますよう、切に切にお願い申し上げます。