櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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櫻の花びらには、散り際に人生を教えられるー櫻坂46尾関梨香卒業発表 2022年6月14日付

感情というのは、時にあまりに激しく揺り動かされると、何かと何かが混ざり合って、結局何色でもないグレーになってそこに存在する、という感覚を味わうことがある。

欅坂時代から、上げられたり下げられたりを短期間に繰り返し過ぎて、逆にそれがために適度な刺激では何も感じなくなってしまったところは、正直ある。

だからもはや、悲しいのだか寂しいのだか、どういう気持ちなのか説明する言葉が見つからない。いや、説明する言葉を探すことすらしたくないというか。

 

 

櫻坂46・尾関梨香、卒業発表。

 

 

 

sakurazaka46.com

 

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確か、欅坂46というグループは、活動以来結構な期間、一人の卒業生も出さずに時が流れていた。もちろんその内実で、表に出てこない壮絶な彼女たちの戦いがあったであろうことは想像に難くない。

でも、表面上一人の卒業生も出さずにいてくれることを、誇らしく思う気持ちもどこかにあった。

 

ある意味、その期間が長ければ長いほど、卒業生を送り出すときの気持ちの複雑さが増すのかもしれない。そんなことを最近特に思うようになった。

推しメンとかそうでないとか、そんなことを超越して、7年間いろんなエピソードの中に身を置きながら前へ進んできた彼女たちを見てきた私たちもまた、一緒に時を刻んできた気持ちでいた。おそらく同じ想いの方もいらっしゃると思う。

 

彼女のことも、もちろんそうだ。

 

とにかくおぜには、お疲れ様しかない。

 

彼女が癒しを与えられる存在として広く認識されているのは、彼女の中身から滲み出るもののためだと、彼女を知る人は多分誰でも言うはずだ。優しい人がいい、なんてよく言うけれど、本当に優しい人は、この世にどれくらいいるんだろう。

 

 

当時はまだ、欅坂46が結成されて間がない時期。人一倍人見知りの集団だった。

加えて、地方から集まったメンバーは右も左もわかっていない。そして、寮に入る。

その中に、この人がいた。

 

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愛知県から出てきたばかりの、当時中学生だった平手友梨奈

確かに当時の尾関梨香にとって、中学生で一人で東京に出てきて寮生活をする、というのは信じようにも信じられないことだったのだろう。

とはいっても、まだ知り合ってそう時間も経っていないメンバーの、ここまで身を案じられるというのはどれだけの慈愛の深さだろうか。

 

これを本当の優しさと言わずに、何が優しさだというのか。

 

もちろん、優しさにはいろんな形がある。

その人のことを想う、という基本線があれば、優しさは成立する。

確かに人のことを考えて動く人が多いので、優しい人は数多く存在はする。

けれど、ほぼ初対面に近い人のために、涙を流せる深い優しさを持つ人は、本当にどれくらい存在するのだろうか。

 

これが、尾関梨香、という人なのである。

 

優しさは、確かに素晴らしい、

だが、優しさは極端な利他主義に走ると、自分を省みない人になってしまう危険性がある。

 

櫻坂になってからの彼女は、体調不良もあり、休業した期間があった。

実際、彼女もブログで述べていたとおり、あのときに卒業という選択肢もなくはなかったのだ。いや、もっと言うなら、これは一期生全体に言えることかもしれないけれど、改名して再出発のタイミングでの卒業も、可能性としては全員にあったのだ。

 

体調と相談しながら、という中で、櫻坂になってから一年半か…。

ここまで、櫻坂46の尾関梨香としてそこにいてくれて、本当に感謝の気持ちしかない。

 

だから、お疲れ様という言葉しか出てこないのだ。

 

 

 

寂しい?

もちろん寂しいに決まっている。

一期生が卒業すればするほど、欅坂時代の映像を見ては涙を流している自分がいる。

 

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時の経過は、グループにも、彼女たちにも容赦なく押し寄せる。もちろんこの私にも。そして、これをご覧になっているあなたにも。

どこかで時が止まってしまえばいい。

そう思ったことのなんと多いことか。

でもそれが、自然の摂理に抗うことになるとみんな知っているから、無理やりにでも前を向く。新たな出発を応援しよう、という気持ちに自分を振る。そうすることで、その寂しさを紛らわせる意味合いもあるはずだ。

 

卒業おめでとう、とか。

新たな第一歩を、あなたの決断を、心から応援します、とか。

 

でもそれは、あくまで無理やりなのだ。

 

自分でそう心を保たないと、何か大きなものに持っていかれそうになるからだ。それがわかっているからだ。

思い入れが強ければ強いほど、それが本音であるはずがない。

 

 

 

…卒業生を、この一年で、何人も送って、考えたことがある。

確かに、卒業生の門出を祝って、笑顔で見送る。大切だ。とても大切。

でも、例えば、渡邉理佐の卒業時に山﨑天が叫んだ言葉なんかが、やっぱり人としての本音中の本音なのだ。

 

大人だから冷静になるべしとか、そんなの気にする必要がどこにある。

本当に自分の大切な人が自分の前からいなくなるとわかったときに、人間が冷静でいなければならない理由などあるのか。

 

人間は感情の生き物だ。

その感情を押し殺すことに何の意味があるんだ。

 

その人のことを想って、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。

泣き喚けばいいじゃないか。

もちろんそれでどうこうなるわけではない。

でもそれすら関係ない。

理屈なんかいらない。

 

推しを思って、泣く。

その素晴らしさがわからない人は可哀想だ。

 

 

 

 

 

尾関梨香さん。

 

何度も言うけれど、本当にあなたにはお疲れ様しかない。

逆に、なぜそこまで頑張れたのか、と聞きたくなるくらい、特に櫻坂になってからのあなたには本当に感謝している。

欅坂時代の尾関梨香の重要性は、今更言うまでもない。

私として特筆したいのは、櫻坂に改名して最初のシングル「Nobody's fault」で、あなたが表題選抜としてその場所にいたことだ。

 

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センターの森田ひかるの表情が注目を集めるのは当然だが、その隣で鋭い視線を送るあなたが、とても強いインパクトだった。

それは尾関梨香という人が、優しさの象徴として欅坂にいて、でもあの強い曲が続く中で想いの強さ、というものも体得した結果、そこに出現した構図だったと思っている。

 

強くなければ、優しくなれない。

そういうことじゃないのかと。

 

ノバフォ選抜は、欅坂のTHE LAST LIVEでグループの幕を下ろした直後に、櫻坂としての最初のこの曲を披露しなければならなかった。感情としては、これほど複雑なものも世の中にそうあるまい。

あのとき、あなたはどういう想いで、手を合わせていたのか。

その気持ちの奥底にまで想いを馳せると、私の中から溢れるような涙の速さを感じるのだ。

 

いろいろ、感情のついていかないことも多かったと想像する。

心から優しいあなたは、周囲のいろんな感情も自分の中に取り込んでしまって、抱えきれなくなっていないか心配したことも一度や二度ではなかった。

 

だから…

もうここまでやりきってくれたことにはお疲れ様と感謝しかないんだよ。

 

これからは自分を労ってあげてください。

ここまでどんなことでも優しさで貫き通してきた自分を、たくさん褒めてあげてください。

 

 

素晴らしい存在。

かけがえのない存在。

 

 

何度も繰り返しになって申し訳ないけれど、私はグループからの卒業におめでとうという言葉は使いたくない。

 

 

だから、お疲れ様。

あなたはどこへ行っても、必ず周りに優しい人が溢れる人生であると信じています。

 

 

 

 

幸せになってね。

 

 

 

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