櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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想いを告げることーメンバー卒業に際して発信すべしという風潮に疑問を呈す 2021年1月17日付

櫻坂46はその前身である欅坂46時代から、結構な数の卒業生を出してきました。日向坂46も、日向坂に改名してから2名の卒業生を出しています。

あくまでアイドルグループというものをライトにしか見てこなかった人間の戯言なので、話半分に聞いていただいて構わないんですが、グループにおいて卒業というのはほぼ「いつかやってくること」と考えて間違いないのではないでしょうか。私が佐藤詩織さんを推すときにもそう思っていましたし、富田鈴花さんを推す今も「いつかやってくること」という認識でいます。

 

今回の松平璃子さんの卒業も、欅坂46に二期生として加入した9人からは初だった、ということがセンセーショナルなだけで、やはり「いつかやってくること」には変わりがなく、その「いつか」だったわけです。

ドライに言ってしまうとそういうことではあるんですが、そばにいたメンバーにも、応援している私たちにもいろんな感情が巻き起こる。それは仕方ないにしても、メンバーとただ応援する側である私たちには、感情の乖離があるのもまた当然のことのように思うのです。

 

 

 

私たちの知らない松平璃子を、たくさん知っているはずのメンバー。

 

ところが、ただ見ている側であるファンというのは時に身勝手というか、場合によっては横暴ですらあります。

 

メンバーはりこぴとの思い出をブログに書けと。

 

櫻坂46のキャプテンと副キャプテンが発表された際の、守屋茜さんに対しても似たような声がありました。

副キャプテンを解任された、という声があったのはこちらも非常に傷つきました。

 

でも冷静に考えてほしいんですが、そういった圧力のようなものでメンバーを追い詰めるのがそんなに正義なのでしょうか。

 

二期生9名はもちろんですが、一期生にも、それから新二期生として後から合流したメンバーにも、りこぴとの思い出は当然あるはずです。ただそれをわざわざ言葉にして発信することだけが彼女のことを考えていることになる、とは私は思いません。

こうやって自分もブログを書く人間ではありますが、正直言えばなかなか書きにくいテーマもあったりするわけです。私の場合はテーマ設定から自由ですから、書きにくければ書かなければいいわけです。でもメンバーはそうもいかない。

そもそもブログというか、自分の言葉で自分の想いを発信することが苦手なメンバーだっているわけです。ところがそれをしないだけでやる気がない、というレッテルになってしまうのは、どう考えてもおかしいし、そのおかしさに気づいてないことが相当ヤバいわけです。

 

ファンあってのアイドル、ファンあっての芸能人、それは確かにそうでしょう。

ただだからといって、必ずしも胸の中にあるものをなんでも形にしろというのは賛成できない。

卒業メンバーに対して発信しろというのは、発信してあげないとそのメンバーが可哀想だからともっともらしい理由をつけてはいますが、その実そうではなくて、それを読みたい自分の想いが蔑ろにされたという、ヲタクの中にある妙なプライドを傷つけられたことによる攻撃性にしか私には見えません。メンバーのことを考えているようで、実は自分のことしか考えていないのではないでしょうか。

 

 

りこぴに対する想いが発信できるメンバーは、もちろん書いていい。

でも発信しないからといって、りこぴに対して何も思っていないとか、そんなことがなぜ分かるというのでしょう。

実際、ブログなんて簡単に書ける人もいれば、そうでない人もいるのです。まして、自分と一緒に活動してきたメンバーがいなくなる、という事実に接したとき、ブログの編集画面を前にして出てくる言葉とは何でしょう。そんなに簡単に出てくるものなのでしょうか。何日もかかる、そういうことだって容易に考えられる。

逆に言葉にしてしまうと、かなり安っぽく感じられてしまう、ということもあるかもしれません。書いたのはいいけれど、何か自分の思っていることとは違う気がする。違和感がある。強い気持ちがあればあるほど、人間の作った言葉なんて限界があるので、全てを表現できる言葉がもしかしたら存在しないかもしれない。そうするとやはり書けなくなる。

彼女に対して想いがあればあるほど、書けない。そういう事態だってあり得るわけです。

 

本当に伝えたいことは、本人にだけ伝えればそれでいい、という考えも私は支持します。何でもかんでもファンやヲタクと共有する必要なんかない。これからの長い人生を共に生きていきたい、グループにいるいないに関わらず付き合っていきたいと思える人ならば、わざわざ私たちに向けて何かを発信する必要もないわけです。本人にだけ直接伝える。そう考えているメンバーがいても、私は全く反対しません。

 

ちょっとした想像力だと思うんですよね。相手の立場に立ってみる、そしてその気持ちに想いを馳せる。それができれば、何故りこぴへのブログを書かないんだ、などという批判がいかに的外れかということに気づきそうなものですが…。

 

まぁ確かに、以前から櫻坂46、ひいては欅坂46メンバーというのはどことなく言葉が足りない部分はあります。かといって、それが間違いだとも私は思わない。敢えて言えることがあるとするなら、その足りなさが誤解を生むことは今までもあったし、一部の不満を募らせる結果になることは、もしかしたら覚悟しないといけないかもしれません。公平に見るならば。

 

ただ、たとえそうであったとしても、

そんな不器用さも含めて、私は櫻坂46を推しているのです。

 

アイドルを推す、というと世間から敬遠されるというのはよく聞く話です。

私も櫻坂や日向坂を推している以上心中穏やかではありませんが、もしかするとその原因の一つは、自分の世界を強固に作り上げ、その世界に収まらないものを徹底して排除しようとする傾向、そしてアイドルを応援しているように見せながら、実は自尊心が相当高く、そんな自尊心が傷つくことを恐れて他人を攻撃することを厭わない、そういった一部の人たちがイメージとなっているのかもしれません。

 

本当に自分が応援しているグループのことを想う、とはどういうことか。

自分の推しメンの幸せを願う、とはどういうことか。

いったい何のために、応援しているのか。

 

私も含めて、もしかしたら今一度自分なりの答えを見つけておく必要があるのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

sakurazaka46.com

 

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