櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

毎日ブログ、2022年9月1日から再開します!

上っ面をなぞるー山口真帆「黒い羊は皮肉曲ではない」

 

改めて、山口真帆さんの研音所属決定に、心からお祝いを申し上げたいと思います。

そしてさらに、欅坂46ならびにそのファンと、黒い羊への言及、本当にありがとうございました。

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関係ないですが、幼少期の川島少年は「将来何になりたい?」と聞かれたときに

「スポーツ新聞記者」

と答えていた時期がありました。

ミーハー心はやはり昔からあったようで、スポーツ&芸能好きだった私は、それこそ外面だけを見て羨ましいと思っていたんだろうなと、今思い返すとそんな感じがします。

 

そしてこの歳になって。

 

もしそちらの世界線が実現していたら、デスクにでもなっていておかしくない年齢ですが、つくづくマスコミの道に進まなくてよかったと心から思います。

 

特に最近のマスコミ、新聞もテレビも雑誌も含めて、報じている内容が本当にひどい。

 

話を戻しますが。

山口さんが卒業公演で歌った「黒い羊」がセンセーショナルだったことはわかります。

だけど、その曲をして

「皮肉曲」

「皮肉唱」

と書くメディアの浅薄さたるや、ものを伝える立場の人間にしては知識がなさすぎると言わざるを得ません。

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確かに一般的に、つまり欅坂のことは知ってるけどこの曲は知らなかった、というライト層が聴いた場合、皮肉曲に聞こえる可能性はあるかもしれません。

でもメディアがそのレベルで報じてどうするんだと。

欅坂のメンバーがいったいどんな気持ちでこの「黒い羊」のMV撮影に臨み、どんな気持ちで毎回歌っているのか、それを知らないでそんなこと書いてなんとも思わないのかと。

 

なんとも思わないんでしょうね。たぶん。

 

でもね。

この曲をそんなふうに上っ面だけをなぞるような書き方だけはしないでもらいたい。

それはこの曲に強い想いを込めた欅坂のメンバーならびにスタッフへの冒涜にも値する言葉になってしまうのです。

取りも直さず、それは山口真帆さんへの誤解も生みかねない。

そういう罪深いことをしていることは、誰かが触れなければいけないわけで。

 

この曲は絶望の淵に立たされた人の側に寄り添う曲。寄り添いたいと思って書かれた曲。歌われた曲。

そんな想いは、山口さんがこの5ヶ月間最もたくさん聴いた、と言ってくれたことで欅坂のメンバーが望んだとおりになった。

少なくとも、誰かに寄り添って抱きしめてあげたいという気持ちが叶えられたことは間違いなくて。

 

山口さんにとっても欅坂にとっても、こんなに素晴らしいことはないわけです。

それを、運営だかAKSだかへの当てつけのために歌った、という表現しかできないのは本当に情けない話です。

 

週刊文○を筆頭に、新聞や雑誌への私の不信感は最近本当に高いです。実は塾で社会を教えるときにも、世論の項目があったりするんですが、ここでメディアリテラシーについては特に時間をかけて話しています。

 

有名な風刺画ですが、この絵をご覧になったことがありますか。

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テレビなんかはこのサイズに切り取って映すことがありますが、実際はこうだというのが次です。

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情報を無条件に信じるのではなく、本当にそうなのか、違うとしたら何が違うのか、立場を変えて別な見方はできないのかなどを考える視点を持ちなさい、という話をします。

 

マスコミは恣意的に、或いはもっとひどいときには意図的に報道することがある。

それを教えてくれたという意味で、例えば文○の存在価値はただその一点にあるとも言えますが。