櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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隣の芝生を青く見るなー櫻坂単推し、日向坂単推しの皆様にぜひお読みいただきたいブログ 2022年5月26日付

 

日向坂46の7thミーグリが、第4次受付をもって全メンバー完売という快挙となった。

これは本当に物凄いことで、私も途中からしか坂道シリーズを知らないので、過去にそんなことがあったのかは全く知らないし、自分の記憶でも、日向坂ソンコトの個握くらいしか知らない。しかもあれはリアルの握手会の話で、ミーグリでのそれはおそらく前代未聞である。復帰した小坂菜緒のミーグリが売れるのはわかる(というか、休養前でもトップクラスに売れていた)。卒業する渡邉美穂に至ってはおそらくプラチナチケットになったはず。そしてそれ以外のメンバーも各所でメディアに露出しており、名前も顔も売れているメンバーが増えた。グループの雰囲気の良さも当然、伝わっている。

 

素直に、日向坂46メンバーの日頃の努力の賜物であり、グループの結束力と熱い想いがおひさまに伝わっている結果である、と思える。

日向坂46に関わる全ての人に祝福を申し上げたい気持ちである。

 

 

 

日向坂46が、欅坂46の中から生まれたけやき坂46、通称ひらがなけやきを端緒とするのは、ここで今更言うまでもないこと。

まもなく第2弾のドキュメンタリー映画も封切られるが、その第1弾である「3年目のデビュー」でも語られていたように、当初のひらがなは本当に大変な状況に置かれていた、というのも今更の話である。

ということは。

その出自を知る以上、この二つのグループが切っても切れない関係にあり、グループカラーは全く違うものの二卵性の双子のようなものであると。

ただ二つのグループが独自に走っていけばいくほど、その出自が忘れ去られていく。忘れられた上に、たとえそれを知ったとしても意味を持たせない向きが増えてくる。

 

そんな動きには体を張って抗いたいとは思っているけれど、それはそれとして。

 

日向坂の人気が爆発しているのは、その雰囲気の良さが波紋のように広がっているから、ということと、メンバーそれぞれが全力で目の前の仕事に取り組んでいる姿が評価され、その裾野が広がっていることの表れだから、ということに尽きると考える。奇を衒うようなことは何もしていない。ただ愚直に取り組むだけ。そして自分の色を出すだけ。基本に忠実なだけだ。

そして、その姿勢が花開く環境が整えられていること、これが相当大きな要素になる。

 

そうすると、もういちいち貼りはしないけれど、それを一部のBuddiesと称する人が取り上げて、また何かを言う。すると、一部のおひさまがそれに反応して反論する、というくだらない争いを見なければいけなくなる。

なんだろうか…そういうことを言わなきゃ気が済まないのだろうか。いや、言ったところで何になるというのだろう。無駄な争いなど勝手にやってくれればいいが、見たくない人のところにまで流れてきて、わざわざブロックしなきゃいけない煩わしさが生まれていること、ちゃんと知っているのだろうか。

 

好き嫌いなんて感情は誰にでもあるし、別段それを否定する気はない。

だが、例えばメンバーや関係者に何かされた(そんなことありえないけれど)というならともかく、櫻坂単推しさんが日向坂を、日向坂単推しさんが櫻坂を、何故そんなに嫌いになれるのか。一体どこにそんな要素があるというのか、まるで不思議で仕方がない。直接知り合いでもないアイドルに対して、何故そこまでの感情が持てるのか。

 

日向坂のミーグリが全完売した、それはひとえにメンバーの評価が上がったからで、それを喜んであげる、それでいいじゃないか。何が不満なんだろう。

 

忘れてもらっちゃ困るのは、この世には櫻坂単推し、日向坂単推しだけが存在しているのではない。櫻坂も日向坂も両方推している、兼推しだって結構な数いるんだ。その人たちが、お互いのファン同士で責め合う姿という、情けなくて、愚かで、いかに時間の無駄なものを見せられていると思っているのか、本当知ってほしい。

 

日向坂のミーグリが全部売れたことに、何故櫻坂の界隈からケチがつく?あなたはどうしたいのだ。日向坂のミーグリが売れなきゃいいのか。売れなければ櫻坂が売れるのか。そんなはずがないだろう。それを何と言うか知っているか。嫉妬というのだ。その嫉妬を丸出しにして日向坂を責めたところで、そこに何が生まれる。結局負の連鎖しか生まないだろう。

日向坂のミーグリが全完売したから、櫻坂より上になった?いやもっと前から上だ?よしんば上になったとして、だからなんだ。上に立つことが目的なのか。マウントを取れればそれでいいのか。もしかしたらあなたは、ひらがなけやき時代の、滑走路と言われたあの時代を知る貴重な証人かもしれない。その時代に、漢字欅に対して、というより、漢字欅を推しているファンに対して恨み骨髄だったかもしれない。だとしたらなおさら情けない。誰かの上に立つことを目的として、日向坂は活動しているのか。日向坂の一体何を見ているのだ。櫻坂を下に見たとして、何が残る。無意味な優越感だけで、何も生み出さない。それより、全完売したメンバーを褒めて褒めて褒めちぎる方がよほど有益だ。そこに何故他者が介在する?

 

 

 

…私は、秋元康ほどではないけれど、自分と違う意見は積極的に聞いてみたいと思う派だ。その意見が説得力を持って耳に入れば、自分の狭い了見では気づかなかったものを気づかせてくれる一つのヒントになるからだ。ところが、世の中には自分と同じ意見の人とだけ固まって、自分の意見が自分だけじゃないことを確認して安心し、その場所に安住したがる人が圧倒的に多い。加えて、極めてくだらない争いが何より好きな方がいらっしゃるようで、ことあるごとに櫻坂を挑発したり、日向坂を挑発したり、もちろんこの二つのグループだけでなくどこにでもそんな人はいると思うけど、そんな言葉がSNS上に溢れる。

 

精神衛生上良くないと思うんだけどなぁ。

これはずっと言ってることだけど、誰かを攻撃するくらいなら、自分の好きなものを好きと叫んでいる方がメンタル的には安定するし、何より誰にも迷惑がかからないと思うのは私だけだろうか。好きだからってそれを押し付けたりしなければ。

ただ、誰かに対する攻撃は間違いなく迷惑がかかる。それに反撃を喰らって余計なストレスを増やすことになるし、何より時間を無駄に使うだろう。たとえ相手を屈服させて全面的に相手に非を認めさせたとしても、それがどうした。何を生む。

 

 

そして最も大切なこと。

 

あなたのその攻撃性は、メンバーが望んでいることなんですか、ということ。

 

お互いのグループを傷つけて、あなたの推しているグループのメンバーは喜ぶんですか。まさか、喜ぶなどと答えないだろうね。メンバーを馬鹿にするのも大概にしときなさいよ、と言いたい。

 

メンバーの気持ちを大切にしないなんて、ファンのすることじゃないと思わないか。

メンバーの気持ち以上に、自分の気持ちの方が大切なのか。自分の気持ちを押し付けることによって、メンバーが傷ついたとしても、それも是とするのか。それのどこがファンだというのだ。自分の理想に凝り固まっているだけじゃないのか。

 

 

 

 

…というブログを書こうと思っていて、そこまで書き上げて仕事に向かう。仕事が終わって目にした情報は、そろそろ来るだろうと思っていたこれの発表だった。

 

 

今年のケヤフェスは、4日間。

そうすると今度は、その構成がどうなってるかに焦点が移る。

中には、櫻坂だけで4日間やってほしい、日向坂だけで4日間やってほしい、云々という言葉まで飛び交う。

櫻共和国が見たかったという意見もあった。

 

ああ、もう、本当に…

 

全てわからないわけではない。ないけれど、これは合同でやるから意味があるんじゃないのかね。

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私なんかは前述のとおり兼推しなので、櫻坂と日向坂を同時に観れるなんて至福の極み!と考える方だけど、もちろんそうではない意見の方もたくさんいるのは知っている。

私は昨年、3日目の合同の日だけ参戦し、初めて富士急でそのステージを目の当たりにした。今思い返してすぐ頭に浮かぶのは、自分のすぐ近くでたまたま踊っていた小林由依丹生明里の、本当に楽しそうな姿。そして13回のMCと揶揄された回数よりも、その内容が櫻坂メンバーはおひさまを、日向坂メンバーはBuddiesを相当意識した内容だったことだ。

お互いのメンバーに、お互いのファンへのリスペクトがあり、なおかつ自分たちをしっかり知ってもらおうという努力がそこにあったことは間違いないんだ。

 

なのに、当の推す側はどうだ。

もちろん単推し大部分は、お互いのグループへのリスペクトに溢れている。それも知っている。ところが一部には今でもまだ、なんだか正体のよくわからない嫌悪感に苛まれているというか、取り憑かれている人がいる。見るに堪えないというか、哀れだ。

正体はわかっている?原因はわかっている?違う。あなたがそう思い込んでいるだけだ。メンバーと知り合いで、メンバーから直接その想いを聞いたなどでない限り。思い込んでいる上に、その想いに自分が囚われているだけだ。

 

あなたの推しメンが、そうしてくれと頼んだのか?

嫌いなものを嫌いと叫んで、カタルシスは浄化されるのか?無駄に反論を呼び込むことで、更なるカタルシスを生み出すだけじゃないのか?

 

いい加減そんなくだらない争いはやめよう、などと言ったところで、どうせそんな負の感情に囚われている人はずっとその場所に安住するのだろう。だが、あなたが仮にそれでカタルシスを解消したとしても、それを見たくもない人が見る可能性も十分考えておいてもらわないと困る。さらについでに言えば、櫻坂だけ4日間とか、日向坂だけ4日間とか、そんなのあるわけがない。この二つのグループが合同で開催する意義が理解できない人など、富士山麓に足を踏み入れる資格すらない。

 

単独ライブだけ行けばいい。思う存分そのグループを応援できるでしょうに。

 

根本的なこととして、推しグループ、そして推しメンを推すという極めてシンプルなことが何故できないのか、何故自分が推していないグループを取り上げてああだこうだ言いたくなるのか、言ったところで期待できる効果など、その人がスッキリするか否かだけなのに、なんでそんなことにこちらが付き合わなきゃいけないのか。

 

今年はおそらく行くことはできない可能性が高い。

けれど、私の想いだけは、4日間とも富士の麓にある。

 

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