櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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秋元康が櫻坂46に詞を書く「心」にアプローチするープロデューサーが本気になる瞬間 2022年3月3日付

あるとき、Twitterでよく見かける「note」というブログが気になって、試しにどんなものか使ってみようと思ったのがほぼ一年前。

ちょうどこの頃に円盤化された欅坂のドキュメンタリー映画の感想を一本書き、はてなとの違いを感じてこちらに戻ってきた、というのが実情だった。

 

note.com

 

ただせっかく開設したものの、放置してるのももったいないなという想いがあり、昨日はとくにそのことが気になったので、もう1本記事をあげてみた。

 

note.com

 

こちらにもあげた、例の乃木坂騒動。その後日談から見えてきた、乃木坂を推す方々と欅坂を推す方々との違いを私なりに解釈してみたブログとなっている。もしよろしければ…

 

ブログというものは、自分の手をいったん離れてしまうと、それは自分のものであって自分のものでなくなる。書いているこちら側の想いと、お読みいただく皆様の想いがどれだけフィットするかではあるものの、一方で一つの事象を見つめ感じることが、そうそう完全に一致するとも思えない。つまり、その一文字一文字をご覧になり、お感じになったことがすべてであって、そのどれをも私は否定するつもりはない。

だから、書きあがった後の校正で誤字脱字をチェックする以外は、あまり自分のブログを読み返すということはないのだけれど、久しぶりにnoteの最初の記事を見て、一年前あのouttakeまで観て感じた自分の想いにもう一度触れたくなり、読んではみた。

 

そこで思い出したことがある。

 

つい昨日のことであるが、御大秋元康が乃木坂のラジオにゲスト出演して、こんな発言をしたという話。

 

https://twitter.com/hinatazakablog/status/1499071968938983430

 

例え話として出したのか、それとも今これを書いてる瞬間に日向坂のMVが撮影されているのか、言い方としてはとても微妙な感じではあった。それはともかくとして、ここで思い出したのは、欅坂ドキュメンタリーの中で、9thシングルが結局幻と終わったちょうどその頃、次期シングルどころか解散に言及する声があった(本編だったかアウトテイクだったかは定かではないが)。

次のシングルを出そうかというグループが、何故解散というところまで追い込まれなければならなかったのか、それは未だに100%理解できてはいない。一部切り取られた内幕を見ただけで、外野である私たちがその事情を知ることは、永遠にないかもしれない。

 

文春だかなんだかが、秋元康が欅坂はもう解散にしようと言ったとか報じていたが、もし文春なら話半分に聞いておこう。

 

よく感じるのは、一体楽曲というのはどのタイミングで作られているのだろう、ということ。

例えば、櫻坂46の4th「五月雨よ」は、2022年4月6日発売であるが、この曲の表題選抜が告げられたのは、年明けのBACKS LIVE前だった、という話がある。この頃に「五月雨よ」という楽曲が表題に決定していたかどうかはもちろん知らないが、もし決まっていたと仮定すると、この曲が作られたのはさらにその前であるし、なんなら秋元康が詞を書いたのは昨年冬以前、ということになる。

もっと遡れば、欅坂46が活動休止となった2020年10月のLAST LIVE。欅坂界隈の方々の多くはご存じだろうが、ラストのラストで披露されたのは、櫻坂46としての1stシングルとなる「Nobody's fault」だった。12月発売のこの曲が、この時点で音源はおろか、振り入れまで全て終えられていたのである。

 

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ということは、この曲の歌詞を秋元康が書いたのは一体いつか。

もちろんストックから出してきた可能性もあるが、書き下ろしだとすると、少なくとも活動休止が発表された配信ライブの頃にはすでに詞を書き始めていた可能性だってある。仮定ばかりでは論が進まないのだけれど、櫻坂46という形もまだない時点でこの歌詞が書けるものなのだろうか。

 

秋元康ならできる、とも思えるし、一方でそれは大海原に落とされた小石を拾おうとする行為にも似る、とも思える。

 

前提が非常に長くなったが、今回言いたいのは、秋元康が欅坂を解散させたい意向を本当に持っていたとすれば、櫻坂46となった彼女たちにあれだけの歌詞が書けるのか、ということである。たとえ職業としては職人級である作詞家であったとして、その心の中に何が生まれればそんなことができるというのか。

 

できる、と仰る方もいるだろう。

もうそうなると、少なくとも私には絶対に真似のできない芸当である。

 

何故なら、私は自分の弱点がどうしても「情に脆い」部分であると認識しているからである。

それは長所にも短所にもなり得る。

人間としては、私は人の情けに触れて心が動く自分を誇りに思っているし、プライドもある。だが、ことビジネスの場になった場合、情に流されていては成立しない仕事もある。

 

秋元康が、欅坂に対してかつてほどの興味がなくなっていて、なおかつその後継グループである櫻坂にあれだけの歌詞を書けるとしたら、情の部分で割り切りができてこその「仕事」であるとしか言いようがない。

 

…ただやはり、疑問だ。

 

本当に秋元康は、欅坂46、そして櫻坂46に興味を失っているのだろうか??

 

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個人的にはやはり、そうとは思えない、ということを記しておきたい。

 

 

「五月雨よ」「僕のジレンマ」それぞれの音源が解禁されたあと、秋元康の本気を見た!という言葉も目にした。もちろん個人的に知り合いでもなんでもないので本質的な部分はわからないのだけれど、同じ人間という種でわかることだけ連ねれば、プロデュースする立場として思い入れが0ということはあり得ないし、仮にかつてと比べてその思い入れが減っていたとしても、今まで見てきた彼女たちをモチーフに詞は書けるはずなのだ。

 

たとえどんな美辞麗句を並べたとしても、そこに心がなければ、響かない。

私たちのところに届く以前に、彼女たちがパフォーマンスするときに心が入らない可能性があるし、そうなると結局批判されてしまうのは彼女たちになる。

メンバーはおそらく、自分たちのために楽曲を制作してもらったという事実にまず感謝するから、楽曲を届けたいという想いに駆られてそれを必死に形にしようとする。でも、作った人に心がなければ、彼女たち表現しようとする側が必ず何かの「壁」の存在に悩まされることは自明の理で、しかもそれは彼女たちが解決できる代物ではない。

 

作った側にそもそもの「心」がないのだとしたら。

 

人間、という同じ種族であったとしても、自分に到底理解ができない思考の持ち主はいる。いい意味でも、悪い意味でもいる。

だから、自分のわかることだけで全てを語ろうとするほど、愚かなこともない。ある程度生きていると、そのことを実感する。

 

あのとき。

ビジネスとして欅坂46を解散の方向へ進めようとした動きがあったのは確かだ。

当然、それに抗う動きや想いもそこに存在していたはずだ。

メンバーは言うに及ばず、彼女たちを献身的に支えてくれた現場のスタッフの方々が。

そしてメンバーの家族の皆様が。

一体どんな想いで、事の経緯を見守っていたか、それを考えると苦しくて仕方ない。

 

一方でその頃、そんな彼女たちのために「次」の曲の歌詞を書いていた人がいる。

 

もしも。

もしも自分がその「仕事」を任されたら、果たしてその任を全うできたのだろうか。

 

 

情に脆く、どうしても人の想いに寄り添ってしまう自分には、その「仕事」は向いてないか。

ビジネスとして割り切れる人間でなければ、やはり運営側は難しいのだろうな。

 

「好き」でなければ続かない、とはよく言ったもの。

でも、「好き」だとビジネスとしては逆に邪魔なこともある。

 

生きるということは、こういうことの繰り返し。

難しくもあり、かつ面白いもの。