櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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金村美玖の心にどこまで迫れるかーあなたにありがとう2021 2021年12月1日付

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一般的には、アイドルグループのセンターと言えば、そのグループの誰もが憧れて、自分もそのポジションに立ちたいと思っている、そんなふうに考えている人が多い気がする。

グループアイドルの宿命として、前にいれば目立つしTVにも映る。後ろにいたら映らない。だから…という至極わかりやすい論法。アイドルとしてそこに君臨する以上、自分が存在することを人に知ってもらえなければ意味がない。そう考える人が多いのは無理もない。

ただそこには、アイドルになりたい人なんてそういう自己顕示欲の強さがあるし、目立ちたがり屋が多いから、他人を蹴落としてでもセンターになりたいんでしょ、という、ある意味の嘲笑を含んでいるようにも聞こえる。そういう表面的な評価で、アイドルの社会的地位が下げられるきらいがある。とても私が憂慮している部分でもあるのだけれど。

それに、実際そういう人がいないかというと、どうやらそうでもないらしいし。

 

ただ日向坂46、もっと言えばその前身であるひらがなけやき、さらにその元である漢字欅も含めて、私が見てきた彼女たちからはそういう空気を感じたことがない。アイドルになりたい、というそもそもの応募のきっかけは人それぞれあるにせよ、自分がセンターに立ってグループを引っ張りたい、という感情をメンバーから感じたことがあるかと言われれば…。

それがないことが問題だ、とある人は言う。

逆にありすぎると批判される。

どうしろと言うのか。

まぁそれはそれとしても。

 

日向坂46が誕生して、ずっと表題曲のセンターを務めていたのは小坂菜緒。4作連続センター。彼女がそれを望んでいたかどうかは知るはずもないのだが、とてもそうは見えない。ある意味の使命感で動いていた面があったようにも見える。

そしてそんな彼女をずっとそばで見ていたのが、小坂と同期でもある金村美玖だった。

 

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センターに立ちたい。それを野心と呼ぶのなら、それが全くないメンバーは確かにおそらく皆無であろう。一列でも前にいて、ファンに自分を見つけてもらいやすくしたい、と考えるのは彼女たちなら当然のこと。もちろん、あわよくばセンターで、という考えだってあって当然だ。

 

でもそれを4作連続で務めた戦友の姿を、彼女はどう見つめていたのだろう。

 

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以前にも小坂菜緒が出演できないイベントで、「青春の馬」の代理センターを務めたことがあった。

濱岸ひより復帰直後で、そのことに対する話題性の方が大きかったものの、彼女はそのセンターを堂々と務めきった。

その印象が強くて、正直言えば小坂菜緒と金村美玖のセンターの印象が、私には半々くらいになってしまうくらいのインパクトだった。

 

日向坂46、6thシングルを迎えて、金村美玖をセンターに据える。

おそらくではあるけれど、その判断材料として「青春の馬」の代理センターがかなり影響したのではないかとみる。

それだけ存在感は秀でていたし、ある意味そのときは自分のセンター曲、としてものにしていたようにも見えた。

たとえ代理でそのとき限りになろうとも、センターに立つには物語が必要である。その刹那の空気を自分の物語に染める、そんな説得力が必要で、彼女にはそれがあったと私は感じる。

 

金村美玖2022。

日向坂には総じて言えることではあるけれど、特に彼女の場合もその真面目さが前面に出てしまう場面は多い。もちろんそれは悪いことではない。ただもしそこに柔軟性という点がさらにプラスされれば、物腰の柔らかい仕事も舞い込んでくるのではないかと考える。

私などにはわからない、もしかしたら自分だけの課題も見つけているかもしれないし、でもそれを克服しようと努力することで、更なる高みを目指すことができる。

 

金村美玖とは、そういう人だと思っている。

 

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