櫻坂日向坂の上り方〜川島雅隆的編集後記

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明日が来ることは当たり前じゃないー新内眞衣卒業発表に感じるヲタ活の源泉 2021年11月18日付

珍しく今はブログが数本同時進行で、しかも仕事も忙しいので全然終わらないという中、さらに大型歌番組もあり、そこでの思うこともあれば、いろんなことを同時に考えないといけないという、まぁ年末あるあるという感じがしています。

 

珍しく、といえば、このブログで乃木坂46のことを取り上げるのは最近本当に珍しくなりましたが、何も知らないわけでは決してありません。

最近卒業の話題がラッシュで続く乃木坂ですが、昨日はやはり言われていたとおり、乃木坂46ANNにて新内眞衣さんの卒業がご自身の言葉で発表されました。

 

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私はアイドルの定年制というか、年齢が上がってきたら卒業を考えないといけない、という空気には猛烈に反対したい立場なんですが、その前に自分の道は自分で決めるべし、という考えももちろんあります。

ご自身で決断されたということについては、全ての人が尊重する必要があるのでしょう。

 

それはそれとしまして。

 

昨日その発表を私もオンタイムで聴いてたんですが、心に残った話を基に、今日は本当の意味での随筆というか、まさしく「心に移りゆくよしなしごと」を綴ってみたいと思います。

いつも以上に自分語りになりますので、あしからずご了承ください笑

 

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握手会に20人程度しかいない時代、ずっと推してくれていた1人のファンがいたという。だがある日を境に突然姿を見せなくなり心配していたところ、そのファンは彼女の1周年のデビュー日にはすでに亡くなっていたのだとか。これを知った彼女は「明日が来ることは当たり前じゃないんだ」と思い、ファンや仕事に対し、より真摯に向き合う覚悟を決めたと話した。

 

ヲタ活をする、という発想が、たぶん2017年頃まで全くなかった私にとっては、それ以前のことはアイドルの世界など別世界の話で、例えば乃木坂はもちろん、漢字欅ひらがなけやきも知ってましたし冠番組は観てましたが、現場へ行こうという考えすらありませんでした。それどころか、CD一枚すら買ったこともなく。

ファンとも言えない存在。少し興味があって見ているだけの存在。

だから、地元中の地元であるパルスプラザで握手会が行われていたことすらよく知らなかったし、そういえば番組の中でそんな話をしていたなーくらいの記憶しかありませんでした。

 

そこから、風吹か握手会で初めて個握に参戦して、今はご覧のとおりで笑

ということは、川島雅隆という存在は、握手会が作り出したと言ってもいいのです。LIVEより先に握手会があった人間なのです。

 

そこまでの自分はというと、そういうライト層なところはありましたが、どちらかというと仕事に傾倒していた人間でした。

元来ミーハーなところは正直言うとありましたが、そこまでのめり込むこともなく、今から考えてもどうやって自分がこうなってるのかよくわからないくらいです笑

 

ヲタ活は確かに趣味、と言えばそれまでですが、でも普段の生活で手に入らないものをたくさん与えてくれていると思っています。

応援することによって彼女たちがどんどん成長していく姿を目の当たりにできる、それは当然ですが、それ以外にも例えばTwitterをすることによって、おそらく普通に生活しているだけでは知り合うことすらなかった皆様と繋がり、共に一つの目標に向かって進んでいるような感覚を抱けるということ。実際にお会いしても、そこには共通の話題しかない。だから話が尽きない。もちろん人間ですから、感情から来る意見の齟齬というのはあると思いますが、違うご意見をお聞きすることすら楽しく思えるくらいです。

仕事だけの関係でご飯を食べに行くなんてことは私はあまりないですが、それを想像しただけでも結構地獄です笑 仕事の話しか出てこない食事会など苦痛でしかない。

 

それと同時に、自分もだんだん年齢が上がってくるにつれて、考えることも以前と少し変化はしてきました。

 

仕事仕事でずっと来た、その間に例えば両親の介護をしてきた、一人っ子なもので自分以外に両親の世話をする人もおらず、仕事と両親の世話でずっと時間が過ぎてきたのが30代という時間でした。そしてそんな両親が共に亡くなり、時間が全て自分のために使えるとなったときに、思いついたのはやはり仕事しかなかった。

そんな中で、何気なく見始めた番組で新しいアイドルグループができることを知り、その立ち上げから目にした中で、グループが形作られていく。

 

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徐々に目を奪われ、感情移入するようになって彼女たちをずっと見るようになってからは、ほとんど京都から出たことがなかった自分がいろんな場所へ出向くようになりました。

 

ここからがこの話のキーなのですが…

 

40代という時間の中で、自分の人生が折り返し地点を迎え、仕事と家のことばかりで例えば明日自分の命が終焉を迎える、ということがあったときに、いい人生だったと思えるかどうか、ということを考えてしまっていたのです。

 

必要なことではあったけれど、いい人生だったかどうかはどうしても疑問符がつく。

やりたいことは他にもたくさんあったはずで、それがどこまでできたのか、と言われれば、たぶん1割もできていない気がする。

 

人生が折り返しを迎えたとするなら、やはり後悔のない生き方を目指したい。

体だっていつまでも丈夫かどうかわからない。

動けるときに行きたい場所へ行けるようにしたい。

もちろん会えるときに、彼女たちに会っておきたい。

 

その思いが沸々と生まれてきて、そしてその想いが爆発したのは、昨年からのコロナ禍だったと思います。

行きたい場所はたくさんあるのに、行けない。

会いたい人はたくさんいるのに、会えない。

コロナ禍が現状少し収まってきて、徐々にかつての日常生活が取り戻されつつある今は、その反動が来ている気がします。でもそれを悪いことだとは全く思っていない笑

 

その想いが、まず7月のW-KEYAKI FES.当選で溢れ、そこからとめどなかったです。9月の櫻坂小倉、日向坂福岡、10月の櫻坂SSA、流石にここまで自分がアクティブに動く人間だとは、自分が驚いています。

 

それもこれも、その源泉は

 

ここから先は絶対に後悔したくない

 

という心の沸騰から来るものであって。

 

だから今年は本当に、過去前例がないくらい有給休暇を使いました笑

 

 

 

 

今何か大病に侵されているとか、そういうことではありませんが、いつ何時何が起きるか、誰もわかりません。

例えば私の身に何かがあって、自分では何かが発信できる状態でなくなったときに、おそらく誰も私がどうなっているかご存知でなくなるということになります。

これだけ頻繁に何かを更新していた人間が、突然音沙汰なくなるということは間違いなく何かあったということですし笑、それで察していただければと思いますが…

 

普段私がしたくないことは、自分がこうだから他人もこうであるべきだ、という押し付けでして。

自分が間違っている可能性も考えると、他人にそこまで自信を持って言えるわけでもないという意味合いもあります。

仕事では別ですけど笑

ただ、これだけは私自身だけでなく、おそらく誰にでも間違いないことだろうな、ということはあります。

それは…

 

明日自分の命が燃え尽きようとも、後悔していない人生だったと言える生き方をすること

 

これは万人に共通することなのではないかなという気はします。

 

そして、その向こう側は、人それぞれの道がある。

まさに「ここにいる人の数だけ道はある」

過去のことはもう変えようがないので、それを思ったところで仕方ありません。それは私も同じです。

 

ここから。

 

コロナもこの後どうなるかもちろんわかりませんが、できることが増えてきた今のタイミング、逃さないようにしたいところではありますよね。

 

 

明日が来ることは当たり前じゃない

 

新内さんのこの言葉の重さを、あらためて噛みしめたいと思います。

 

 

 

川島の個人的内容100%のブログを最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

 

 

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